〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
http://web-setomono.com
瀬戸だより585号「来週はせともの祭」という話
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     9月になりました。9月です。瀬戸のお祭り月間ですね。

     

     来週の週末、9日と10日の土日はいよいよ「せともの祭」です。

     市内中心の会場周辺は看板が立ったり、せともの人形が飾られたりとお祭りの準備が進み、雰囲気が高まってきています。

     

     廉売市がお祭りの中心になりますが、今年は昨年よりぐっと出店数が増えています。

     申込みなど受付を手伝ってきたのですが、一般(陶磁器の業者ではない個人の作家活動をされている個人やグループ)の出店が増えたように思います。

     秋に毎年行われてきたナゴヤドームのやきものワールドが今年は行われないということで、その影響で業者のせともの祭参加も増えたようにも聞くので、にぎやかなせともの祭になりそうです。

     

     もちろん今年も廉売市以外にも様々なイベントなどが用意されています。

     

    ■せともの祭

    http://www.setocci.or.jp/setomonomatsuri/

     

     で、当店ですが、今年の出店場所は瀬戸川沿いの日本堂さん前(信用金庫側)になります。多くのご来店をお待ちしています。お気軽に声をかけてくださいね。

     今年もせともののたい焼きオブジェと陶器の法螺貝(ぷおお〜!)、大きなすり鉢などが目印になると思います。

     くわしい場所はこちらでご確認ください。

     

    http://web-setomono.com/info.html

     

     私もPTAで関係しています水無瀬中学校の出店は瀬戸蔵の屋外広場となっています。特別支援学級の生徒たちが中心になった個性的な作品が販売されています。こちらもぜひお楽しみください。

     

     まだまだ準備の最中ですが、楽しいお祭を皆さんと一緒に過ごせるよういろいろなお買い得な器など用意しています。よろしくお願いいたします。

    | 瀬戸のイベント | 10:28 | comments(0) | - |
    瀬戸だより584号「釜戸長石」という話
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       さあ、8月もあとわずかです。

       子どもたち!宿題は終わっていますか?

       

       9月に入れば、せともの祭から招き猫まつりとイベントが続く瀬戸です。

       尾張瀬戸駅前のパルティせとに今週はせともの祭を盛り上げる「せともの人形」が登場しました。お祭りに向けてこれからしばらく忙しくなりそうです。

       

       

       先日気になるニュースが。岐阜県瑞穂市釜戸町の中央自動車道で車4台が巻き込まれる土砂崩れがあったというものです。

       

      ■土砂崩れ4台巻き込む 瑞浪市、中央道11人重軽傷(岐阜新聞)

      http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20170819/201708190709_30298.shtml

       

       釜戸という地名、陶芸・窯業に関係している方なら聞いたことがあるのではないでしょうか?一般の方には「釜戸長石」というのは聞いたことはないかもしれません(当たり前です)。

       釉薬の調合にはよく登場する原料です。私も陶芸の勉強をしている学生時代は調材実習で日々ゴリゴリと乳鉢で調合していました。

       

       瀬戸では釉薬は「草木の灰をベースにして調合する」というのは以前にも書いたと思います。様々な植物の種類によって特性が違い、そこに鉄や銅などの発色する成分を加えて…というのが、(まあ簡単に言っちゃえば)釉調合の流れなんです。が、ただ灰(ちゃんと水簸して生成したものですよ)だけでは溶けすぎて流れてしまって釉としては使えないのです。そこで釉の溶け具合、流れ具合を調整するのが「長石」役割となります。長石にもいろいろ種類があるのですが、中でも一般的なもののひとつが釜戸長石になります。

       

       今回の事故の原因は近くの原料工場にあった産業廃棄物だったようですが、釜戸で山が崩れて白っぽい土砂が…と聞くと最初は大量の長石が…とか想像してしまいました。まあ、実際に釜戸で長石が採掘されていたのはずいぶん昔のようで、もうすっかり今は掘り尽され枯渇してしまっているようです。現在釜戸長石として使われているものは、成分分析に基づいて他の原料を用いて調整されているものと思います。

       

       美濃焼産地の中心のこのあたりは地図で見るといろいろと陶器作りでお世話になっている土や原料の名前で馴染みの地名がいくつか見られるのは興味深いものがありますね。

      | 雑感 | 10:26 | comments(0) | - |
      瀬戸だより583号「いつからせともの」という話
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         今週は夏休みをいただき、家族で富士の方まで(登ったわけじゃないですが)行ってきました。行っていた4日間はずっと雨……富士山一回も見えず……そんな夏休みでした。

         皆さんはどんなお休みを過ごされたのでしょうか。

         

         

         先週の「瀬戸だより」で旧山繁商店のことを書いてみたんですが、それから気になっていることがひとつ。「せともの」っていつから一般的に陶器のことを言うようになったのか?

         

         調べてみようと思ったんですが「昔から言われている」というような書かれ方でなかなか要領を得ないんです。いろいろあたりながら想像すると江戸時代には当然のように「せともの」だったようで、さらに前の時代、桃山あたりが始まりなのじゃないかと。

         戦国時代、織田信長が瀬戸の陶器生産を保護したあたりが瀬戸の「せともの」が全国に展開していったきっかけになるんでしょう。

         というものの、その頃は瀬戸山離散の時代(瀬戸の陶工たちが瀬戸を離れ、美濃に生産を移していた時代。徳川の時代に入り窯元が瀬戸に呼び戻される)。全国への流通に有利な美濃に移ったという説も有力です。美濃に移っても「瀬戸」のものとして出荷されていたようにも聞きます。とすれば、それ以前にはもう瀬戸の陶器「せともの」がブランド力を持って通用していても不思議ではありません。

         この件、時間があったらもっと調べてみます。

         

         夏休み中、こんなことをいろいろ考えながら過ごしました(雨空を見上げながら)。

         あと、そんなことを調べていると「東日本ではセトモノ 西日本ではカラツモノ と呼ばれていた」という話がよく出てくるのですが、私自身は陶器のことをカラツモノと呼んでいるのに出会ったことがないのですが、西日本の皆さんどうですか?

        | せともの | 10:25 | comments(0) | - |
        瀬戸だより582号「旧山繁商店について思う」という話
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           瀬戸市の広報誌「広報せと」8月15日号は「旧山繁商店の保存と活用に向けて」とした特集が掲載されています。

           

          ■広報せと(瀬戸市)

          http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2017081000018/

           

           ざっと説明します。江戸時代まで尾張藩が行っていた瀬戸の陶磁器の流通というものが明治以降は「民間」の問屋が自由に流通を行うことになります。瀬戸市内(当時はまだ「市」でもないんですけどね)にも産地に根ざす問屋が次々誕生します。そして中には成功し大きく成長する問屋もいくつか生まれます。その代表的な1軒が山繁商店です。明治・大正・昭和・平成の時代を、その時代その時代の瀬戸の製品を全国に(世界に)届け続けてきたのです。

           その山繁商店の土地と建物などを昨年瀬戸市が公有化、その活用法を今考えている…というということです。

           市内中心部にある大きな空間(土地)。明治以降の瀬戸の陶磁器とその流通に関する歴史的価値のある建物。国登録有形文化財としての登録も済んでいます。

           

           私個人の思うことをちょっと書きます。

           すごく貴重な資料だと思います。今まで瀬戸市が瀬戸の歴史を語る上で文化財として残してきているものは、製品としての(美術工芸としての)陶磁器やその生産に関するものが多く、なかなかその流通に関するものというのはあまり注目もされてきていなかったという印象があります。

           陶器の代名詞ともなっている「せともの」という言葉。全国津々浦々までせとものといえば(瀬戸のものでなくても)陶器をさすほど当たり前に使われています。いつから今のように「せともの」という言葉が使われるようになったのかはわかりませんが、これは「瀬戸」の製品がいかに人気があり信頼されるブランドであったかという裏付けであることは間違いありません。

           良品を作り続けてきた瀬戸の陶工たちの努力があったことは間違いありません。ただ、その優れた製品を全国まで運び、広めてきたのは間違いなく産地問屋の努力も同じくあったと思います。

           先週の「瀬戸だより」で紹介した瑠璃釉の展示でも、江戸からの特注で作られて、瀬戸から届けられた(高価な)植木鉢もケースの中にありました。このような例はよく目にします。

           江戸時代までは尾張藩の御用の問屋。まだ山賊だっていた時代に全国にサンプルを持ち足を運び(そう、文字通り足で)注文を取り届けてきた先人の努力。明治以降も瀬戸の産地の問屋が引き続き、良品を正しい(妥当な)価格で届ける…その真面目な取り組み、その繰り返しが「せともの」という名・ブランドを日本中に浸透させたと思うのです。

           今日までせとものを育ててきたのは生産を行う陶工たちと流通を任された産地問屋の二人三脚だったことは間違いないと思います(他にも縁の下の力持ちとして影で支えた先人は他にも多いと思います)。

           

           せとものを語る中で、流通という視点で語られることが少ないのは残念です(まあ物としては残らない、目にしにくい部分ではあるので仕方ないことではありますが)。今回のこの旧山繁商店の保存活用が単なる瀬戸の歴史、せとものの近代史というだけでなく、せとものの流通の歴史というものを理解する施設になればと期待しています。

          | 瀬戸のこと | 10:24 | comments(0) | - |
          瀬戸だより581号「瑠璃釉」という話
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            陶祖の住居跡の碑がある公園。手前が瑠璃釉。

             

             8月に入りました。

             今週あたりは瀬戸市内でも地区ごとに行われる盆踊りが多いように思います。瀬戸音頭が聞こえる季節です。ほーんに瀬戸瀬戸よいところー 瀬戸は火の町土の町 チョイっと土の町ー です。

             

             暑い季節には陶器より磁器の器が似合います。薄手の磁器に涼し気な呉須で描かれた染付。そんな器で冷たいものを楽しみたいところです。

             この染付に使う「呉須」はコバルトの青を発色させた顔料です。呉須を使った釉薬、「瑠璃釉」をテーマにした展示が瀬戸蔵ミュージアムで行われています。「瑠璃釉のやきもの〜深遠な青の世界〜」11月5日まで。

             

             瑠璃釉は瀬戸で磁器の生産が開始された19世紀初めに作られはじめました。瀬戸は日本では数少ない天然の呉須を入手できる産地でした。と言っても、量は限られ貴重な材料でした。その天然の呉須を瑠璃釉は贅沢に使う釉薬。瑠璃釉の器も高価で貴重な特別の器だったことは想像できます。

             

             瀬戸を代表するような織部や黄瀬戸に比べればずいぶん後発な釉薬なんですね。伝統的な赤津七釉の釉の中には含まれませんが、比較的新しい釉薬が見られる瀬戸七釉には含まれてくるようです。

             

             呉須を含む釉薬を何度も掛け重ねてあの濃い、まさに瑠璃色の釉薬の発色に仕上げます。そこにはレリーフ状に装飾がつけられた部分は白く浮き出ています。美しい装飾です。が、なかなか手が込んだ(特に釉掛けはかなり面倒くさい)作りです。

             今回の展示でも瑠璃釉の植木鉢が何点か展示されています。植木鉢に高価な瑠璃釉……不思議な感じがします。江戸時代の終わりにはたいへんな園芸ブームが起こったとか。その際に金に糸目をつけず瀬戸まで特注で植木鉢を依頼する……当時の粋だったのでしょう。

             

             その後、明治期に入り安価な人口呉須がヨーロッパから安定的に供給されるようになり、幅広く使われるようになります。数多く輸出もされていきます。海外から輸入した顔料を使って出来た製品が再び海を渡って戻っていくというのは面白く感じます(というものの、日本からの工業輸出品って多くがそんなのもかもしれません)。

             

            ■瀬戸蔵ミュージアム企画展情報

            http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2011031500146/

             

             なかなか目に触れにくい釉薬という印象もある瑠璃釉。まとめて見る貴重な機会かもしれません。瀬戸蔵ミュージアムのコンパクトな企画展はいつも楽しみです。

            | せともの | 10:22 | comments(0) | - |
            瀬戸だより580号「瀬戸焼について完結に」という話
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               暑い日が続いています。7月ももう終わりですね。猛暑の8月になるか、台風とゲリラ豪雨の夏になるか…。

               

               

               瀬戸焼、瀬戸について学びたい、知りたいと思った時に参考にと聞かれた時にオススメの一冊が数年前にまとめられた「瀬戸焼ハンドブック」。一冊に歴史から技術から、文字通り瀬戸と瀬戸焼のすべてをまとめたと言ってもいい内容です。

               私も多少はかかわらせていただいた本です(まあ数回の編集会議に顔を出した程度ですが)。 

               陶祖800年祭に合わせて企画編集されたものですが、今でも瀬戸市文化センターなどで入手が出来ます。その後の瀬戸焼検定の参考書としても活用されています。

               

               最近、それよりも簡単にシンプルに瀬戸焼をシンプルに纏めたものを見つけました。瀬戸市内の駅や施設などに置かれている「瀬戸焼千年の歩み −その絶え間ない進歩−」というA4サイズにたたまれた8ページのパンフレットです。

               裏に瀬戸市美術館と記されているので瀬戸市美術館の編集となるもののようです。簡単に瀬戸の街の歴史、陶祖磁祖、瀬戸焼のできる工程や代表する釉薬などが写真を交えてうまくまとめてあります。

               表紙が出来上がりの陶芸作品の何かではなく、瀬戸の採土場の荒涼たる光景となっているのもとてもいい感じです。瀬戸の陶磁器づくりの原点がこの鉱山ですからね。

               

               「瀬戸焼千年の歩み」……同じタイトルの企画展が今年の4月・5月で瀬戸市美術館で開催されているので、その企画展に合わせて作られたものだと思います。ということならば、いつまでこれが入手できるかはわかりませんが、瀬戸の街角で(駅とか公共施設とかで)見つけたら手にとってみてください。なかなかここまで完結に瀬戸焼をまとめたものはないと思います。

              | 雑感 | 12:01 | comments(0) | - |
              瀬戸だより579号「せともの祭の9月に向けて」という話
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                 梅雨明けしました。暑いです。

                 子どもたちは夏休みに入りました。暑いです。

                 夏本番です。

                 

                 昨日は朝、せともの祭の廉売市会場の線引作業に参加してきました。

                 毎年この時期に行う暑い暑い作業です。

                 

                 これは先週、せともの祭廉売市出店者の申込みが終わり、出店数が確定したのを受けて実際の会場(路上)で必要なだけ決まったスペースを区切って、文字通り線を引く作業になります。まあ実際には四角をテープを貼って来るのですが…。

                 

                 ここ数年、出店数は増え続けているのですが、今年もさらに増えています。数が増えればより多くの商品(陶磁器が)見ていただけるわけです。そのための準備がこれから続々と続きます。

                 

                 8月にはいよいよそれぞれの出店者がどこの位置に店を出すかの抽選が行われます。この7月に線を引く作業をするのは、8月のその日までに必要な数と場所を会場に確定しておかなきゃいけないということなんです。

                 というものの、9月のお祭りの(すごく具体的な)作業を今しているとは外からは理解しにくいようで、作業中にも「来月の何日だったっけ?」と通りがかりの方から聞かれたりしました。9月です。9月第2土日、今年は9月9日土曜日と10日日曜日になります。

                 

                 父がなくなって私が店を継いだのが18年前。その後、せともの祭に出店するようになり、組合(瀬戸陶磁器卸商業協同組合)でも様々なお手伝いに参加させていただくようになりました。それ以前と比べると、せともの祭の裏方の仕事も増えてたいへんなんですが、深く関われるようになり、色んな角度からお祭りを見られるようになり、せともの祭自体がどんどん好きになっていくのが自分でもわかります。一般的に言ってもどんなお祭りでも深く参加したほうが面白いのは確かなようです。

                 

                 お祭り当日や事前のPR活動にも活躍していただく、ミスせとものも決まったようです。

                 

                 自分の出店する店の準備もこれからペースアップで準備を進めていきます。

                 9月のせともの祭会場で皆さんとお会い出来、楽しい時間を過ごせるように暑い中頑張っていきたいともいます!!

                | 瀬戸のイベント | 17:39 | comments(0) | - |
                瀬戸だより578号「犬山と犬山焼」という話
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                  犬山の剣道大会で見た「犬山焼の優勝皿」

                   

                   犬山の大雨は驚きました。

                   昨日の午前中はせともの祭廉売市申込み。受付の手伝いで組合にいました。窓から空を眺めながら「なんとか雨は降らずに済みそうですね」という会話をしていて、帰ってきてニュースを見たらあの風景…。春の花見のイメージの五条川があんなことになってるなんて。驚きでした。

                   

                   犬山の皆さんには心よりお見舞い申し上げます。

                   

                   

                   犬山と言えば今回も落雷で天守の鯱が損傷した国宝の犬山城が有名ですが、陶器で言えば「犬山焼」があります。

                   

                   江戸時代に諸藩の殖産興業として様々な国焼の焼物が登場します。犬山焼もそのひとつです。京都や瀬戸などからの技術を取り入れて完成されていったその焼物は、赤絵や雲錦手を特徴にしています。

                   日常的な器というよりは、茶道具や装飾としての器というイメージがあります。華やかで雅な作風は乾山の焼物を思い起こします。

                   

                   基本勉強不足の私ですが、犬山のお客様の家を訪ねた際に犬山焼の花瓶や飾り皿をいくつか見せていただきました。たぶんその時が犬山焼を意識してみた初めての時だったと思います。

                   周辺を多くの陶磁器産地に囲まれている中で独特の発展をしてきた犬山焼。考えてみれば、江戸時代にお庭焼きとしてスタートした焼物ですので、瀬戸、美濃、常滑など周辺の大規模産地と同じものを作っていては意味がないということもあったのかもしれません。ちょっと違ったからこそ、今に伝わっているんじゃないでしょうか。

                   

                   以前に子どもが参加した犬山の剣道大会、優勝の盾は犬山焼の大皿でした。今も地元に愛されている焼物文化としての犬山焼を感じました。

                   

                   犬山城近くは昔の城下町の雰囲気を活かした商店なども並び、訪ねていくと面白い発見も多いところです。今回は多くの被害が出たようですが、落ち着いたタイミングでまた出掛けてみたいと思います。

                   

                   

                   今夜は瀬戸・品野の祇園祭。お出かけの方は駐車場へのルートをしっかりご確認の上で、ただ通りがかるという方は国道は通れませんのでご注意を。

                  | 陶磁器 | 17:20 | comments(0) | - |
                  瀬戸だより577号「さあ、後半戦だ!」という話
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                     大雨の被害を受けた地方の皆さんには、心よりお見舞い申し上げます。

                     

                     まずは先の日曜日、藤井聡太四段は残念でした。

                     ニュースでも瀬戸市内の応援の様子などが流れていましたね。あちこちで聞かれる「お疲れ様」…というのは、今までの連勝のプレッシャーから開放されたという意味であり、本当の彼のプロ棋士としての活躍はこれからずっとずっと続いていくわけです。

                     勝った試合より負けた試合の方から学ぶものが多いとはスポーツでもよく聞きます。今回の負けも確実に藤井四段のこれからの糧になるはず。また、佐々木五段のこの一局にかける鬼気迫るものも伝わってきました。今後も何度も対局をすることになるでしょう。名勝負数え唄…そんなものになる気がします。

                     

                     

                     さて。昨年暮れのデビュー戦から続いた将棋フィーバーも少し落ち着きを取り戻したところで、気が付くともう7月。今年も後半戦なんですね。

                     

                     今日から天然の川をせき止めて作られる岩屋堂のプールもスタートし、来週末は品野地区で地元に愛されるお祭り・品野祇園祭も行われます。国道を止めて、山車が登場、品野音頭の踊りやバンド演奏など、盛り上がる夜祭です。自分はここ何年かはお祭り自体は行っていませんが、この季節に品野の街を通りかかるたび、徐々に作られていく飾りや提灯を見ると本格的な夏の訪れを毎年感じます。

                     

                     瀬戸の夏のイベントは「せとなつ」としてまとめられて、パンフレット等になっています。下記リンクがそうです。瀬戸の夏を楽しみたい…そんな方はぜひご参考に!

                     

                    ■せとなつ2017(瀬戸市まるっとミュージアム・観光協会)

                    http://www.seto-marutto.info/event/setonatsu/index.html

                     

                     また、来週はせともの祭の廉売市申込みがあります。いよいよ9月のせともの祭に向けて具体的な作業が始まります。ここで出店数が確定すると、すぐ翌週には(毎年猛暑の作業なんですが…)実際の会場での出店場所の計測作業になります。8月には出店場所の抽選会、そしてせともの祭当日へと、スピードがどんどん上がっていくようです。

                     

                     もう随分前に干支のカタログもメーカーさんから届いています。来年の干支は戌。身近にいる動物だけに逆に難しいとも聞きます。干支のメーカーさんは(毎年のことですが)すでに年末に向けて着々と準備されているようです。

                     

                     将棋の話題で独占だった瀬戸の街の今年の前半、後半はどんなことが話題になっていくか……あっという間に一年が過ぎて行っちゃいそうですね。

                    | 瀬戸のイベント | 17:17 | comments(0) | - |
                    瀬戸だより576号「瀬戸は盛り上がっています」という話
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                       7月です。いよいよ暑いです。

                       

                       

                       ここのところ、毎週「瀬戸だより」の書き始めは将棋の藤井聡太四段の話題だったような気がします(気がするだけじゃなく、その通りです)。

                       今週は29連勝を達成しました。ご存知のとおりです。もう社会現象ともなっていますね。

                       その前後からは街のあちこちで応援モードに入り、祝賀ムードに湧き…というのが

                      瀬戸市の状況です。

                       

                       単独の新記録を達成した夜は駅前のパルティせとには新記録達成の瞬間をみんなで…という呼びかけで人が集まり、さらにそれを取材のするたくさんのテレビ・新聞が取り囲み、大騒ぎでした(パブリックビューイングっぽいですが、いろいろ著作権などの問題からかモニター等は置かれず、それぞれがスマホ片手に…というのがユニークでした)。

                       新記録達成後には商店などでもお祝いのメッセージを貼り出したり、記念セールを始めたところもあるようです。

                       今週初めには、瀬戸市役所などに掲げられていた「公式戦デビュー連勝記録更新」のバナーの他に「快挙・公式戦連勝新記録樹立 歴代単独1位」の新しいものが追加されています。

                       

                       あの日前後はテレビなどのインタビューや取材が市内あちこちで行われていましたので、全国的に報道などでそれを見たという方も多いと思います。

                       最近は瀬戸の人が出張先などで挨拶する際には「藤井聡太くんの瀬戸市です」という紹介が分かりやすいとも聞きます。

                       

                       なかなか暗いニュースが多くなりがちの中、今回の「偉業」でぱっと街中が明るさを増したような気さえします。確かに14歳の中学生が大人の棋士たちを次々負かしていくさまというのは痛快で、勇気や元気をもらいました。謙虚で物静かで聡明な彼のコメントにも好感を持ちます。

                       

                       このようなスターがこの街から突然現れたというのは驚きです(小学生の頃からすごい子がいるというのは一部では話題になっていたようですが)。

                       今は瀬戸も注目を浴び、一種のお祭り騒ぎ的な空気もあります。今回将棋で注目を集めましたが、瀬戸がもともと将棋が盛んだったわけではなく、たまたま「すごい人」が現れたということも忘れてはいけないと思います。

                       この明るい雰囲気が普段の街の中にもずっとあり続けて欲しいと思います。それにはやっぱり「藤井聡太くんの瀬戸市です」だけじゃなく、誇れる「せとものの瀬戸市です」につなげていかなくちゃいけない。さらに他にも市民が胸を張れる何かをみんなで創造していかなくちゃいけないのかなと思います。

                       

                       もう少し静かに応援してあげた方が…とも感じますが、しばらくはこのお祭り騒ぎも単純に楽しみたいのも正直なところ。

                       さらに連勝記録がどこまで続くかも注目です。がんばれ!!

                       

                       まだまだしばらく大騒ぎは続きそうです。

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