〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
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647号「干支と御題茶碗」という話
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    御題茶碗「光」。これは安藤敏彦さんの作。

     

     今週の土日は「第19回せと・まるっとミュージアム大回遊 ゆるり秋の窯めぐり」が行われます。こちらは赤津、品野、水野などの窯元を実際に訪ねることができるというもの。昨日会場周辺を通りましたが、準備が進んでいました。
     天気も良好。山の木々の紅葉も始まっているようです。

     

    ■「第19回せと・まるっとミュージアム大回遊 ゆるり秋の窯めぐり」
    http://www.seto-marutto.info/event/kamameguri/

     

     先週、話題にした宝泉寺のお薬師様。当日はずいぶん暖かな日になりました。なかなか寒くはなりませんが11月になってからお客様からの干支置物、御題茶碗のお問い合わせも多くなっています。

     

     干支置物。来春の干支は「亥」(イノシシ)です。


     中国では亥年はブタのことだと聞きます。金運の象徴だとか。干支が日本に伝来した頃はブタは日本人に馴染みがなく、身近にいてブタに近いイノシシで置き換えたという話です。


     瀬戸に住んでいると、最近はずいぶん身近な存在になっていますね、イノシシ。畑が荒らされるとかの被害はもともとは山に近い場所に限られていましたが、今はもうこんな町中で!というところでも遭遇することも。実際に市内の中心の山林にもイノシシの荒らした痕跡があったり、道を横切る姿を見た(車とぶつかった)ということも聞きます。
     年賀状のデザインを見ているとかわいいウリ坊だったり愛らしい姿のイノシシが描かれています。干支の置物でもそういったものがあります。当店が扱っている作家さん手作りの干支置物を見ているとかわいいと言うより迫力のある顔付きのイノシシが多いように思います。もっとわかりやすく言うなら「悪そうな顔」のイノシシです。作家さんの陶房や住まいが比較的山に近い場所にあることが多く、普段から野生のイノシシの被害にあったり出くわすこともあるんでしょう。野性味あるイノシシ置物が出来上がってきています。

     

     御題茶碗は毎年この頃になると話題に上げているのですが、「新春の宮中行事である歌会始の題(御題)をテーマに製作される抹茶茶碗」になります。来春のお題は「光」となっています。最近よく聞く言い方ですが「平成最期の歌会始の御題」になります。
     「光」はテーマとしてはデザインしやすいように思いますが、戦後の御題としては3回目の登場、さらには平成22年という比較的最近にも御題となっています。その点は難しいように思います。
     「光、もしくは光を含む単語」というイメージになりますが、「月光」などが人気になっているようです。ホタルなどは季節感的に正月にあいませんので、新春の茶碗という制約もありますね。

     

     干支置物、御題茶碗、興味があるという方はお気軽にお問い合わせください。

    | せともの | 10:41 | comments(0) | - |
    644号「織部の処理を考える」という話
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       さて、先週は瀬戸を代表する釉薬のひとつ「織部」の話を書きましたが、その続き。

       

       納期というものがあります。出来上がりを納める日ですね。どんな仕事にもあると思います。考えてみると小学校の夏休みの宿題は9月1日に提出ですよ〜、がそもそも宿題の納期なわけで、私たちは長い期間、納期という束縛の中で成長してきたことは間違いないようです。
       この日までに仕上げて渡す……そのためには段取りがいるわけで、11月10日にお客様にお渡しするとなると、9日か余裕を持って8日までには包装・梱包して発送する…となると、11月はじめに窯元から受け取りたい、あー!それまでに木箱など用意しなきゃ……とか逆算します。窯元さん作家さんから「今度の窯、11月1日に窯出しできるように11月29日には火を入れるからね(ここも納期のための逆算)」と言われるとちょっとホッと出来ます。最近は不景気で窯を焼く回数が減っているので、タイミングが悪いとたいへんなことになります。

       

       ところがこれが織部の器だったりすると1日に窯出しされても実際完成して窯元から出荷されるのはその数日後になってしまいます。2〜3日のタイムラグ。織部は窯から出た後に処理が必要なためです。

       織部は窯から出た直後は酸化皮膜が表面を覆い、油膜のようなギラギラした変なツヤがあります。それを取るために「酸」により処理をして落ち着かせるひと手間が必要です。瀬戸では伝統的にトチ渋を使うことが多いです。秋のどんぐりの季節に栃の実に付いている袴の部分(どんぐりのベレー帽みたいな部分ね)を集めて、水に漬け込み出来た真っ黒な液に器を沈めて膜を処理します。夏なら一晩、冬なら一昼夜(本当に寒い季節は温めることも)は沈めます。その後、水洗いして完全に乾くまで干す…で完成。時間がかかりますね。

       この方法の良いのは貫入に渋が入り独特の風合いが出ることです。でも、その必要がない場合、渋が素地に入るのが嫌だ(汚れて見える)という場合は塩酸を薄めて処理に使うこともあります。この方が膜を取るという処理では時間がかかりません(もちろん水洗いと乾燥は必要です)。最近は塩酸の入手が難しくなっていますので(危険ですから)、クエン酸などで代用される方もいるようです(こちらは酸でも食品で使えるくらい安全で安価です)。

       というわけで、織部の後処理は気温や天気でかかる時間も左右されるので、出来上がりは余裕を持って納期の計算が必要です。

       伝統的な手法で織部を焼いている瀬戸の作家さん・窯元では工房のどこかにトチ渋の黒い液が入った桶があると思います。数をこなしているところでは古い風呂桶を置いていることもしばしばです。


       来月(11月)10日・11日の土日は瀬戸の品野・赤津・水野の各地区で恒例の「ゆるり秋の窯めぐり」のイベントがあります。普段見られない工房などを気軽に訪ねられるイベントです。そんな時にこの渋の入った桶などもちょっと確認してみるのも面白いかもしれません。

       

      ■ゆるり秋の窯めぐり
      http://www.seto-marutto.info/event/kamameguri/
       
       

      | せともの | 21:54 | comments(0) | - |
      644号「織部を考える」という話
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        ある料理屋さんの織部の器。形の自由さがわかります。

         

         今年は例年より秋の到来が早い気がします。朝晩一枚余分に羽織るものが欲しくなります。そんな季節になると織部の器が気になりだします。

         

         グリーンの織部。茶事などでは冬の器としてのイメージが強いようです。まあ、季節に関係なく様々な用途で使われるのが織部釉の器ですが、冬にそれを手に取ってみたくなるのは冬枯れの山野を前に、夏の深い緑を懐かしむような感傷的な気分からでしょうか。

         織部という名は戦国から江戸時代の極初期に活躍した戦国大名であり、天下の茶人だった古田織部に由来します。その後の茶道の世界だけでなく、日本の価値観や美意識に最も大きな影響を与えた人物と思います。
         今は緑色の銅釉を織部と言いますが、もともとは織部好みの器をまとめて織部と呼んでいたようで、志野でも黄瀬戸でも「織部の器」だったわけです。その中でも(織部好みとして)最も印象的な緑釉は青織部と呼ばれていましたが、時代が下がるとその釉の呼び名が織部となっていったようです。古田織部自身の最期が家康により切腹を命じられた関係で資料なども処分され謎も多いのですが、近年になり織部自身が器の製造にも具体的指示を出していた資料も見つかっているようです。

         

         織部は色のみでなく、器の形自体も自由でユニークです。様々な形で歪みや切れまでもその魅力にしてしまう……実に不思議な器です。
         織部釉一色の施釉のみでなく、白釉と掛分けられ、そこに描かれる文様も織部の魅力です。それまでの陶器のデザインで見られなかったような幾何学的な不思議な文様。
         今週、織部茶碗のデザインを考える機会があり、織部の様々な画像や写真をあらためて見直したのですが、実に面白い。一体何からこのパターンを思いついたのか?

         

         今も瀬戸焼、美濃焼として代表的な釉薬で人気もある織部。織部の器の魅力というのは単に緑の色というだけでなく、形やデザインを含めて作り手の発想の自由さや考え方を試されるような器じゃないかと思います。古田織部の美意識を400年を経てなぞってみる、あるいは全く別の発想を試してみるなど、自由な器であることは間違いないように感じます(しかし、400年前の「織部の器」を見ても全く古さを感じないのは驚異です!)。

        | せともの | 21:47 | comments(0) | - |
        瀬戸だより622号「名古屋城の御深井焼」という話
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          名古屋城石垣

           

           

           前回、話題にした名古屋城のやきものワールドは今日からスタートです。なんとか時間を作って行きたいと思っていますが、どうなるか……。

           

          ■やきものワールド

          http://yakimonoworld.jp/index.html

           

           行くことができたら、ぜひ見たいと思っているのは「御深井焼と名古屋城」の展示です。

           御深井というのは今は瀬戸を代表する釉薬となっていますが、もともとはここ名古屋城内の御深井丸での御庭焼が始まりとされています。今も御深井丸展示室(特に陶器の展示じゃないみたい)があったり、隣接する名城公園には御深井池もあります。

           

           御深井というのは不思議な釉薬に思います。作家さんにより御深井の色合いや加えられる技法が違い、「御深井」と一言で言っても様々な雰囲気があります。

           一般的に瀬戸でイメージされるのは薄い水色の釉薬の御深井じゃないでしょうか。涼しげであり、夏向けな色合いです。焼成時に流れやすい釉で器の底に流れた釉が厚く溜ったり、表面もろくろ目などに沿って濃淡が見られるのもこの釉の魅力です。また流れやすい特徴を利用して、呉須で描かれた文様が流れることでさらに釉に変化をつけることもあります。また透明感があるので、彫などの文様も釉を通して楽しめます。

           よく古い御深井を見ていると水色ではないものも御深井とされています。薄い黄色で釉で流れ方次第でより濃くなったり、他の色合いに感じられたりという感じでしょうか。現代の作家さんでもそういった御深井を焼いていらっしゃる方もいます。

           色合いは違っても共通するのはよく溶け、流れる釉ということでしょうか。流れが景色になり、魅力ということです。色合いの違いは(たぶん)窯の焼成の雰囲気の違いということでしょう。焼成の雰囲気という言葉は陶芸の窯ではよく聞くものですが、一般的にはわかりにくいものかもしれません。窯を焼く時(釉薬が溶ける温度になったとき)十分に空気を取り込ませるように焼くのが「酸化焼成」、あえて空気を入れないようにするのが「還元焼成」となります。その酸化か還元かがその焼成の「雰囲気」となります。

           同じ調合をした御深井釉薬を酸化の雰囲気で焼成すると黄色みを帯びた焼き上がりに、還元の雰囲気で焼成すると水色になるということと(私はひとまず)理解しています。御深井釉はそのあたりすごく自由に応用されている釉薬に感じます。

           

           どこかで「御深井」の器を見た際は色合いなど作り手がどのような表現を御深井で行っているかを気にしてみると、楽しいと思います。

          | せともの | 13:33 | comments(0) | - |
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