〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
http://web-setomono.com
瀬戸だより636号「せともの祭は磁祖のまつり」という話
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    窯神神社の民吉像

     

     さあ、せともの祭まであと2週間になりました。順調かどうかわかりませんが、準備が進めています。

     今年の当店の出店場所は瀬戸川沿いのツチヤスポーツさん前となりました。駅からも比較的近い場所になりますので、当日はぜひ多くのご来店をお待ちしています。よろしくおねがいします。

     せともの祭は毎年9月の第2土日、今年は9月8日土曜と9日日曜です。

     

     

     せともの祭は磁祖・加藤民吉を祀る窯神神社もお祭りとなります。瀬戸に鎌倉時代に中国から陶器の進んだ製法を伝えたのが陶祖・加藤景正(藤四郎)のお祭りが春の陶祖まつり。陶祖が実在したのかは諸説あってよくわからないところがありますが、磁祖の民吉は江戸時代に確実に存在し、九州から磁器の製法を瀬戸に伝えました。

     九州のように豊富に磁器に必要な陶石が瀬戸で採れるわけではなく、それなりの工夫を加えて瀬戸の磁器作りがスタートしました。

     気が付かれていないかもしれませんが、陶器と磁器を並行して生産出来る産地というのはあまりありません。

     

     技術を九州まで行き、修行の後に瀬戸に技術を伝えたということで、昔から「産業スパイ」的な扱いをされてもきている民吉ですが、実際は九州でも円満に修行し、円満に瀬戸に帰ったというのが史実のようです(後に歌舞伎の演目にされた時にそいうイメージを付けられたようで、瀬戸の人もそのイメージを持っている人も多いみたい…)。

     

     せともの祭と言えば「廉売市」がメインという感じでしょうか。多くの人出があり、通常より安価に、たくさんの出店・出品から器が選べます。その廉売市を楽しみつつ、ちょっと磁祖の遺徳を感じてみるのもおすすめです。

     

     その廉売市の会場、名鉄尾張瀬戸駅から北へ向かう高台にあるのが窯神神社。本殿がコンクリート造りで登り窯を模したものになっているがユニークです。壷に絵付けをしようとする民吉の像などもあります。せともの祭の原点を見に行くというのも面白いかもしれません。ただ、駅からはずっと坂を登ることになるので、お祭りに来た流れで行くにはちょっとたいへんかもしれません。

     せともの祭で少しでも「磁祖・民吉」の息吹を感じたいということであれば、尾張瀬戸駅前のビル・パルティせと東側の道を少し北に向かったところに「磁祖加藤民吉出生之地」があります。ほぼ廉売市の会場の端っこになります。まあ出生之地という碑と解説があるのみなんですが……。ただ柞(イス)の木が植えられています。この柞という木は磁器にあう釉薬を作るのに必要とされる木で(瀬戸の場合、伝統的に釉薬は草木の灰をベースにしていて、植物の種類などにより様々な特徴ある釉になる)民吉が九州から伝えた磁器製法の一部になります。

     廉売市会場の中にある瀬戸蔵内の「瀬戸蔵ミュージアム」内には伝民吉作とされる作品も展示されています。そのあたりからスタートし、発展していく瀬戸の磁器生産を楽しめます。

     

     

     さて、これからこの「瀬戸だより」を配信したら、また検品作業に戻ります〜!

    | 歴史 | 16:12 | comments(0) | - |
    瀬戸だより568号「日本遺産認定」という話
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       今週のニュース。「平成29年度の『日本遺産(Japan Heritage)』17件が認定され、『きっと恋する六古窯 −日本生まれ日本育ちのやきもの産地−』として瀬戸を含む6箇所の陶器産地が認定されました」……というニュース。

       

       ふむふむ。このニュース、ポイントになる2つのキーワードは「日本遺産」と「六古窯」でしょうか。

       

       まずは日本遺産。日本遺産のホームページを見てみますと……

       

      「文化庁では, 地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として認定し, ストーリーを語る上で不可欠な魅力ある有形・無形の様々な文化財群を総合的に活用する取組を支援します。」(引用・日本遺産ポータルサイト)

       

      ……ということです。ストーリーというのがポイントのようです。文化財1点1点ではなく地域の文化伝統を物語として展開していくもののようです。世界遺産登録や文化財登録とは違い、保全が目的ではなく地域活性化が目的とも書かれています。まあ、その土地の歴史文化、伝統を利用した地域活性のための新しい取り組みということでしょうか。

       

      ■日本遺産ポータルサイト

      https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/index.html

       

       六古窯というのは、鎌倉・室町の時代にもうすでに生産を行っていた陶器産地で現代までも生産が絶えることなく続いている産地、となります。瀬戸、越前、常滑、信楽、丹波、備前がその6ヶ所。それぞれ産地によって土味や作られるものの特徴も様々なのですが、おおむね日本の陶器のルーツとも言えると思います。

       

       また、瀬戸と常滑は愛知県では初の日本遺産認定ということですね。

       

       日本遺産も六古窯も簡単に説明するとそんな感じなんですが、よくわからないのが「きっと恋する六古窯…」という部分。恋する?六古窯の前にどうしてこんなお見合いイベントのような6文字が付けられているのか?謎です。他の日本遺産のタイトルと比べて何か異質に感じます。これからこの日本遺産の六古窯として「恋」につながっていくということでしょうか?誰が恋するのか?

       

       そして、日本遺産の認定を活かして六古窯同士のつながりは深まったりするのか。今後にも注目の六古窯です。

       

      ■日本遺産に認定!「きっと恋する六古窯 −日本生まれ日本育ちのやきもの産地−」(瀬戸市)

      http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2017042500038/

       

       

      | 歴史 | 14:35 | comments(0) | - |
      瀬戸だより549号「門松代用紙」という話
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         メリークリスマス!!

         

         昨日、作家さんから窯が出たという知らせを受け、今日無事にご注文をいただいていました商品はすべて発送することができました。ホッと一息です。


         今年は大晦日が土曜日ということで、来週が年内最後の「瀬戸だより」のお届けとなります。大晦日までおつきあいくださいね。

         

         

         年の瀬、今週配布された瀬戸市の広報誌に正月用の門松代用紙が折込で配布されいていました。


         A4サイズを縦に半分にしたサイズの長細い洋紙に上には「賀正」、下には「瀬戸市」と書かれ、中央には初日をデザインした赤い丸に松竹梅が印刷されています。
         このデザインは私の子どもの頃から変わっていないように思います。そもそも、いつからこれが配布されているかもわかりません。


         江戸時代の瀬戸は窯業の隆盛から、原料の土、そして燃料の松の需要が伸びたことにより、すでに周辺の山々のハゲ山化が進んでいたようです。ハゲ山になった山はたびたび山崩れや洪水などの災害をおこします。当時から藩などにより山の荒廃を食い止めるべく様々な施策がされたようですが、明治に入り廃藩により管理が行き届かなくなり、再び山は著しく荒廃します。
         明治半ば過ぎにホフマン工法による大規模な治山治水工事が行われ、山は落ち着きを見せ、現在に至ります。

         そんな歴史を遡ると、亨保7年(1722)に山林保護のため、門松に真松の使用を禁止する「門松の制限」がされています。正月の松飾りのため山に松を採りに行く……風流と言えば風味なんですが、みんなが採ってきてしまうとそれは山にも深刻なダメージを与えたのかもしれません。

         

         今も配布されているこの門松代用師というのは、「正月の飾り物作りなどで山の緑が損なわれないように」と広報にも説明がありますので、配布の目的というのは自然保護ということです。周囲を(今は)豊かな森林に囲まれている瀬戸。松飾りを作るため山に入ってしまうという人もいるんじゃないかと思います。

         

         正月に近所を歩いていると玄関先などにこの代用紙が貼ってあるのはよく見かけます。
         この門松の代用紙というのは、瀬戸に限らず配布(地域によっては販売)されているところも全国にはあるようです。と言うものの、使わない地域の方から見るとちょっと不思議なものかもしれませんね。
         デザインなどは場所によって様々ですが、門松代用紙皆さんの街にもありますか?


        参考
        ■あいちの砂防の歴史(愛知県)
        http://www.pref.aichi.jp/soshiki/sabo/0000021309.html

        | 歴史 | 20:17 | comments(0) | - |
        瀬戸だより513号「本日は陶祖まつりではありますが」という話
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           今週は熊本で大きな地震がありました。

           

           大きな被害が出て、ケガをしたり亡くなってしまった方も多数ありました。今も多くの被災された方が続く激しい余震の中で、避難生活をされています。

           心よりお見舞い申し上げます。一日も早く、日常の生活を取り戻せることをお祈りしております。

           

           

           瀬戸の街も地震の直接な被害や影響はないものの、市内のあちこちに熊本の地震にを受けて募金箱が置かれているところもよく見かけました。また、金曜日には駅前に瀬戸の仏教会のお坊さんたちが募金を呼びかけている姿も見ました。

           先週の「瀬戸だより」でもお知らせしましたが、この土日は「せと・陶祖まつり」となっています。会場でも何らかの募金や支援を呼びかける運動が行われているかもしれません。

           

           この陶祖まつりは中国から陶器の進んだ製法を伝えた加藤藤四郎景正を祀るお祭りです。9月のせともの祭は磁器の製法を九州から持ち帰った磁祖・加藤民吉の遺徳をたたえるお祭りです。

           磁祖・民吉は有田など九州各地の窯場で学んで来たわけですが、この民吉が修行する先として最初に向かったのが熊本・天草の高浜焼だったとされます。

           民吉を祀る窯神神社の境内には「飲水思源」と書かれた碑があります。これは「水を飲む時はその源を思え」という感じでしょうか。磁器の生産にたずさわる時にはそれを苦労して伝えた民吉を思え、それを惜しみなく教えてくれた九州の土地のことを思えというようことでしょう。

           瀬戸とも歴史も含めつながりが深い九州熊本。今回の地震も瀬戸の土地から何が出来るかを考えつつ過ごしたいと思います。

           

           繰り返しになりますが、熊本地震によりお亡くなりになられた方に謹んでお悔やみを申し上げます。そして、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

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          このブログの内容は加藤兆之助商店の発行するメールマガジン「瀬戸だより」のバックナンバー(保存版)になります。 文章は発行当時の内容になっています。日付など内容にはご注意ください。記事の全文あるいは一部を無断で転載・複製は禁止します。 http://web-setomono.com
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