〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
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瀬戸だより582号「旧山繁商店について思う」という話
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     瀬戸市の広報誌「広報せと」8月15日号は「旧山繁商店の保存と活用に向けて」とした特集が掲載されています。

     

    ■広報せと(瀬戸市)

    http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2017081000018/

     

     ざっと説明します。江戸時代まで尾張藩が行っていた瀬戸の陶磁器の流通というものが明治以降は「民間」の問屋が自由に流通を行うことになります。瀬戸市内(当時はまだ「市」でもないんですけどね)にも産地に根ざす問屋が次々誕生します。そして中には成功し大きく成長する問屋もいくつか生まれます。その代表的な1軒が山繁商店です。明治・大正・昭和・平成の時代を、その時代その時代の瀬戸の製品を全国に(世界に)届け続けてきたのです。

     その山繁商店の土地と建物などを昨年瀬戸市が公有化、その活用法を今考えている…というということです。

     市内中心部にある大きな空間(土地)。明治以降の瀬戸の陶磁器とその流通に関する歴史的価値のある建物。国登録有形文化財としての登録も済んでいます。

     

     私個人の思うことをちょっと書きます。

     すごく貴重な資料だと思います。今まで瀬戸市が瀬戸の歴史を語る上で文化財として残してきているものは、製品としての(美術工芸としての)陶磁器やその生産に関するものが多く、なかなかその流通に関するものというのはあまり注目もされてきていなかったという印象があります。

     陶器の代名詞ともなっている「せともの」という言葉。全国津々浦々までせとものといえば(瀬戸のものでなくても)陶器をさすほど当たり前に使われています。いつから今のように「せともの」という言葉が使われるようになったのかはわかりませんが、これは「瀬戸」の製品がいかに人気があり信頼されるブランドであったかという裏付けであることは間違いありません。

     良品を作り続けてきた瀬戸の陶工たちの努力があったことは間違いありません。ただ、その優れた製品を全国まで運び、広めてきたのは間違いなく産地問屋の努力も同じくあったと思います。

     先週の「瀬戸だより」で紹介した瑠璃釉の展示でも、江戸からの特注で作られて、瀬戸から届けられた(高価な)植木鉢もケースの中にありました。このような例はよく目にします。

     江戸時代までは尾張藩の御用の問屋。まだ山賊だっていた時代に全国にサンプルを持ち足を運び(そう、文字通り足で)注文を取り届けてきた先人の努力。明治以降も瀬戸の産地の問屋が引き続き、良品を正しい(妥当な)価格で届ける…その真面目な取り組み、その繰り返しが「せともの」という名・ブランドを日本中に浸透させたと思うのです。

     今日までせとものを育ててきたのは生産を行う陶工たちと流通を任された産地問屋の二人三脚だったことは間違いないと思います(他にも縁の下の力持ちとして影で支えた先人は他にも多いと思います)。

     

     せとものを語る中で、流通という視点で語られることが少ないのは残念です(まあ物としては残らない、目にしにくい部分ではあるので仕方ないことではありますが)。今回のこの旧山繁商店の保存活用が単なる瀬戸の歴史、せとものの近代史というだけでなく、せとものの流通の歴史というものを理解する施設になればと期待しています。

    | 瀬戸のこと | 10:24 | comments(0) | - |
    瀬戸だより572号「昭和20年代末の瀬戸の商店街」という話
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       6月になりました。

       

       このところ毎回同じような書き出しですが、瀬戸出身の中学生プロ棋士・藤井聡太くんの連勝は続いています。20連勝。もう勝つたびにニュースになる……すごいですね、まったく。

       

       先月、「瀬戸だより」でも取り上げました尾張瀬戸駅前ビルのパルティせとに準備中だった観光案内所が今日朝正式にオープンしました。詳細はまた何かの機会にお届けしますが、観光情報や作家の作品展示、おみやげの販売など、瀬戸の観光のスタートラインにこれは利用できますね!

       

       新しい観光の拠点もいいですが、古地図を見ながら街の散策というのも最近は流行っているようです。


      先日、本のコピーをいただきました。「古地図で楽しむ尾張」という本にある瀬戸中心商店街である末広町と朝日町(今の瀬戸銀座通り商店街)のイラストマップの部分です。昭和28年の名古屋タイムスの紙面にあったもののようです。

       

       これがなかなか興味深いものでした。地図には細かく一軒一軒のお店の名前がかかれています。ながめていると、今も同じ場所で同じお店がある、というところも多くあります。また、商店街の中で移動しているお店も見られます。
      映画館も2軒。あと、パチンコ屋が何軒もありますね。店の間口など想像すると今とは違う小さなパチンコ屋だったようです。今は閉めてしまっている店でも「看板だけは見たことあるな」というものもあります。
      瀬戸が「尾張の小江戸」などと呼ばれ、賑やかで最も栄えていた時代だったと思います。2つの商店街がそれぞれ90軒お店があるという中で、2件ほどは「〆切の家」の文字もあります。今だとシャッターの締まった店、なんでしょうか。結構多くなっていますね、最近は……残念ですが。

       

       尾張全体をまとめた本ですので、瀬戸の部分はわずかなようですが面白そうな本です。
      この地図を片手に尾張の各地ををめぐるのも楽しそうです。

       

      | 瀬戸のこと | 13:01 | comments(0) | - |
      瀬戸だより524号「小中学校統合」という話
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         7月になりました。梅雨空が続く瀬戸です。

         

         

         瀬戸市の広報誌。毎月、現在の人口が表紙に載せられているのですが、ずっと減り続けています。たぶん、来年には13万人を切るのではないかと心配しています。近隣の市が人口を(特に若い人口を)増やし、活気ある様子なのに比べて、ちょっと寂しいです。

         市内でも名古屋市に近い西部地域は新しい住宅が立ち並び若い家族も多く、旧市街地から東の地域は少子高齢化が顕著に……大きく分かれているように感じます。

         

         昨日の中日新聞なごや東板に「小中7校統合し一貫校 瀬戸市 20年〜21年めどに開校」という記事がありました。児童・生徒数の減少が著しい小学校5校と中学校2校を一つにまとめ、小中一貫の学校1校を新しく開校するというものです。

         市内の東側に位置する、祖母懐、東明、古瀬戸、深川、道泉の小学校、祖東、本山の中学校が対象になります。

         該当する小学校は学年1クラスが多くクラス替えのないまま6年間を過ごす、中学校は部活動が成り立たないなど様々な問題が長年指摘されてきました。さらに瀬戸市には「隣接学区選択制」という(画期的な)制度があり、住んでいる学区以外でも隣接する学校に通うことが出来ることにより、少人数の学校を心配する家庭では隣接の学校に通わせることも、少人数化をすすめる一因にもなっているように思います。

         

        ■小中学校の適正規模・適正配置に関する考え方についてー瀬戸市

        http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2016062200058/files/setumeisiryo.pdf

         

         適正な規模の学校にするという目的でも、学校がなくなるというのは地域にとっては大きなことですし、その学校を卒業したOBの方々(瀬戸で育ち、今は瀬戸を離れているけど…という「瀬戸だより」購読者も多いようです)にはさみしいことです。たぶんそのような意見も多いだろうと思います。しかし、子どもたちとその親たちにとっては切実な問題であり、かなり後手に回った感もありますが、こうして方向性が示され解決に動き出したのはいいことと思います。

         

         今後も広大になる学区の通学方法をはじめ、様々な問題が議論されなければいけません。まだ新しい学校の計画は部分的にしか見えてきていませんが、小中一貫など様々な理想や思いが詰まった学校になっていくように感じます。期待しています。

        | 瀬戸のこと | 13:30 | comments(0) | - |
        瀬戸だより517号「県の石」という話
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           今週、新聞を見ていたところ、日本地質学会が各都道府県の石を「県の石」として選定したというニュースがありました。

           

           県の花や県の鳥などは今までにも聞いたことがありましたが、県の石とはどういうものなんでしょう。

           日本地質学会が「その県に特徴的に産出する、あるいは発見された岩石・鉱物・化石をそれぞれの『県の石』として選定」ということです。

           

          ■日本地質学会/「県の石」発表

          http://www.geosociety.jp/name/content0121.html

           

           愛知県も石としては鳳来寺山の松脂岩、化石では知多半島の師崎層群の中期中新世海生化石群、そして鉱物として瀬戸の「カオリン」が選ばれました。

           

           

           カオリン。長石が風化して粘土化したもので、もちろん瀬戸の陶土にも含まれています。

           私が陶器の勉強をした瀬戸窯業高校専攻科の調材実習ではニュージーランドカオリンや朝鮮カオリンなど数種のカオリンが実習室の棚にありました。カオリンは粘土にも含まれていますが、釉薬の調整にも使われる純白で細かな粉です。特にニュージーランドカオリンはまぶしいほどの純白で、その美しさがとても印象に残っています。

           

           カオリンは陶磁器の分野だけでなく、化粧品の原料や紙の顔料として添加されたりと、想像以上に私たちの生活の中に使われています。生活に欠かせない鉱物とも言えますね。

           

           今回、このニュースを見てあらためてカオリンを調べてみたんですが、インターネットで検索するとモデルやタレントの数多くのカオリンさん(ニックネーム)が出てくるのにはちょっと笑ってしまいました。

           

           

           皆さんがお住まいの都道府県はどんな「石」が選ばれていますか?

          | 瀬戸のこと | 21:11 | comments(0) | - |
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          このブログの内容は加藤兆之助商店の発行するメールマガジン「瀬戸だより」のバックナンバー(保存版)になります。 文章は発行当時の内容になっています。日付など内容にはご注意ください。記事の全文あるいは一部を無断で転載・複製は禁止します。 http://web-setomono.com
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