〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
http://web-setomono.com
瀬戸だより619号「福猫を探す」という話
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     さあ、ゴールデンウイーク始まりですね!!……と言いつつ、9月への準備が始まってます。9月の「来る福招き猫まつり」での「にっぽん招き猫100人展」の作品エントリーが始まったようです。

     出品しようと考えていらっしゃる方は5月31日が締め切りですよ。エントリー後、6月に出品作家が決定なのでその間に制作の時間はありそうです。ご存知の通り分野は広いので、チャレンジしてみようという方はまずはエントリーを!!

    http://www.seto-marutto.info/news.php?s=1524644441

     

     ということで、ゴールデンウイーク。

     遠くに行かずに近場で…という方も多いのでしょうか。瀬戸で「日本遺産のまち 瀬戸をめぐる スマホ de スタンプラリー」というのをやっています(瀬戸の近くに住んでいないと近場じゃないですけどね…)。

     昨年、六古窯の他産地とともに日本遺産に認定された瀬戸。街のあちこちにそのことをアピールする飾りつけもたくさん見られます。日本遺産というのは54件(と言っても六古窯のような複数の地域がまとめられていることもあるので地域的にはもっとなんでしょうが)登録があり、地域単位でその文化を発信・活用していこうというものです。

     

     ちょっと前から、たぶん瀬戸に住んでる人は気が付いてると思いますが、街角のあちこちにいるちょっとかわいい招き猫。この招き猫は「福猫(ふくねこ)」と呼ばれ、ピカチュウなどのキャラクターデザインを手がけたにしだあつこさんの作品となります。今回のスタンプラリーもこの福猫のいる場所がポイントになっているようです。

     福猫。案内看板の上やモニュメントとかの近くなど、よく街で見かけるなあと思っていたら、市内に29体(カ所)あるようです(あっ、福だから29カ所だ!)。見かけるはずですね。市内中心部に集中していますので、歩いて街を散策しながらでも回れるように思います(場所が多いのでそこそこ距離は歩きます。何度かに分けるのもいいかな)。

     そのスタンプラリー、スマホを利用したものになっていて、指定のアプリで各ポイントにあるQRコードを撮影することでスタンプを集めるという仕組みになっているようです。スマホを持っていないといけないようで、子どもたちだけで参加というより家族向きでしょうか(スマホ、持たされていない子もいますしね)。いろいろプレゼントも用意されているようですので、ゴールデンウイークに参加されてもいかがでしょう(5月31日まで)。

     

    ■日本遺産のまち 瀬戸をめぐる スマホ de スタンプラリー

    http://setostamprally.com/

     

    | 瀬戸のこと | 23:18 | comments(0) | - |
    瀬戸だより616号「愛環30年」という話
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       4月です。

       今週は市内の各学校では入学式が行われました。例年の桜の咲く中で…ということにはならなかった入学式も多かったように感じます。いつもより早く咲いた桜はいつもより早く散った春でした。

       この地方では今週末あたり「桜まつり」のようなイベントが企画されていたところも多いようですが、すっかり葉桜になっちゃってますね。自然を相手に季節のイベントを企画するのはたいへんです。

       

       来週末は陶祖まつりを迎える瀬戸の街です。例年よりもあたたかな陶祖まつりになりそうです(ちょっと暑いかもですね)。

       

      ■第57回せと陶祖まつり

      http://www.seto-marutto.info/event/tousomatsuri/

       

       入学式の話をしましたが、この春はわが家の子どもたちも進学で新しいスタートをきりました。で、通学でお世話になるのが愛知環状鉄道(愛環)。

       古くから瀬戸の足(交通ということね)はせとでん(名鉄瀬戸線)ですが、新しいと思っていた愛環も今年で30年、すっかり地元の「足」ですね。

       瀬戸蔵ミュージアムでも 企画展「開業30周年 愛知環状鉄道の歩み」が22日まで開催中です。

       

      ■企画展「開業30周年 愛知環状鉄道の歩み」瀬戸蔵ミュージアム

      http://www.seto-cul.jp/information/index.php?s=1517028769

       

       もともとは旧国鉄時代に岡多線(岡崎〜多治見)として計画されていたものが、第3セクターとして1988年に愛知環状鉄道として岡崎〜高蔵寺間で開通したものです。沿線に高校や大学、トヨタ自動車などの工場も多く第3セクターの鉄道としてはめずらしく黒字の経営が続いています。愛・地球博の際は会場への交通として利用されたという方も多いのではないでしょうか。

       環状鉄道というものの、別にリング状になっているわけではなく、名古屋から東の岡崎、豊田、瀬戸、春日井、の各方面に伸びる鉄道路線を縦につないでいるイメージです。

       愛知環状鉄道が公式に30周年記念映像を公開していました。

       

      ■愛知環状鉄道開業30周年記念映像

      https://youtu.be/RmjDSNtjF14

       

       各市の中心となる駅周辺は人も多くにぎやかなんですが、その街と街の間は畑や山が続くのんびりした風景が続きます。単線の線路に無人駅も多く、都市型というよりは田舎の電車という印象が個人的には強いです。

       私たちの子どものころは工事途中で計画がストップしたままの岡多線(当時)のトンネルや高架が瀬戸市内でも何カ所もあり、時々学校から「肝試しとかでトンネルに出入りする」ことなどが注意されたりもしていました。当時は見上げていた作りかけのままの高架の上に電車が走り、それに自分の子どもたちが乗って通学するなんてことは想像すら出来なかったのは言うまでもありません。

       

      ■愛知環状鉄道

      http://www.aikanrailway.co.jp/

      | 瀬戸のこと | 00:33 | comments(0) | - |
      瀬戸だより582号「旧山繁商店について思う」という話
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         瀬戸市の広報誌「広報せと」8月15日号は「旧山繁商店の保存と活用に向けて」とした特集が掲載されています。

         

        ■広報せと(瀬戸市)

        http://www.city.seto.aichi.jp/docs/2017081000018/

         

         ざっと説明します。江戸時代まで尾張藩が行っていた瀬戸の陶磁器の流通というものが明治以降は「民間」の問屋が自由に流通を行うことになります。瀬戸市内(当時はまだ「市」でもないんですけどね)にも産地に根ざす問屋が次々誕生します。そして中には成功し大きく成長する問屋もいくつか生まれます。その代表的な1軒が山繁商店です。明治・大正・昭和・平成の時代を、その時代その時代の瀬戸の製品を全国に(世界に)届け続けてきたのです。

         その山繁商店の土地と建物などを昨年瀬戸市が公有化、その活用法を今考えている…というということです。

         市内中心部にある大きな空間(土地)。明治以降の瀬戸の陶磁器とその流通に関する歴史的価値のある建物。国登録有形文化財としての登録も済んでいます。

         

         私個人の思うことをちょっと書きます。

         すごく貴重な資料だと思います。今まで瀬戸市が瀬戸の歴史を語る上で文化財として残してきているものは、製品としての(美術工芸としての)陶磁器やその生産に関するものが多く、なかなかその流通に関するものというのはあまり注目もされてきていなかったという印象があります。

         陶器の代名詞ともなっている「せともの」という言葉。全国津々浦々までせとものといえば(瀬戸のものでなくても)陶器をさすほど当たり前に使われています。いつから今のように「せともの」という言葉が使われるようになったのかはわかりませんが、これは「瀬戸」の製品がいかに人気があり信頼されるブランドであったかという裏付けであることは間違いありません。

         良品を作り続けてきた瀬戸の陶工たちの努力があったことは間違いありません。ただ、その優れた製品を全国まで運び、広めてきたのは間違いなく産地問屋の努力も同じくあったと思います。

         先週の「瀬戸だより」で紹介した瑠璃釉の展示でも、江戸からの特注で作られて、瀬戸から届けられた(高価な)植木鉢もケースの中にありました。このような例はよく目にします。

         江戸時代までは尾張藩の御用の問屋。まだ山賊だっていた時代に全国にサンプルを持ち足を運び(そう、文字通り足で)注文を取り届けてきた先人の努力。明治以降も瀬戸の産地の問屋が引き続き、良品を正しい(妥当な)価格で届ける…その真面目な取り組み、その繰り返しが「せともの」という名・ブランドを日本中に浸透させたと思うのです。

         今日までせとものを育ててきたのは生産を行う陶工たちと流通を任された産地問屋の二人三脚だったことは間違いないと思います(他にも縁の下の力持ちとして影で支えた先人は他にも多いと思います)。

         

         せとものを語る中で、流通という視点で語られることが少ないのは残念です(まあ物としては残らない、目にしにくい部分ではあるので仕方ないことではありますが)。今回のこの旧山繁商店の保存活用が単なる瀬戸の歴史、せとものの近代史というだけでなく、せとものの流通の歴史というものを理解する施設になればと期待しています。

        | 瀬戸のこと | 10:24 | comments(0) | - |
        瀬戸だより572号「昭和20年代末の瀬戸の商店街」という話
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           6月になりました。

           

           このところ毎回同じような書き出しですが、瀬戸出身の中学生プロ棋士・藤井聡太くんの連勝は続いています。20連勝。もう勝つたびにニュースになる……すごいですね、まったく。

           

           先月、「瀬戸だより」でも取り上げました尾張瀬戸駅前ビルのパルティせとに準備中だった観光案内所が今日朝正式にオープンしました。詳細はまた何かの機会にお届けしますが、観光情報や作家の作品展示、おみやげの販売など、瀬戸の観光のスタートラインにこれは利用できますね!

           

           新しい観光の拠点もいいですが、古地図を見ながら街の散策というのも最近は流行っているようです。


          先日、本のコピーをいただきました。「古地図で楽しむ尾張」という本にある瀬戸中心商店街である末広町と朝日町(今の瀬戸銀座通り商店街)のイラストマップの部分です。昭和28年の名古屋タイムスの紙面にあったもののようです。

           

           これがなかなか興味深いものでした。地図には細かく一軒一軒のお店の名前がかかれています。ながめていると、今も同じ場所で同じお店がある、というところも多くあります。また、商店街の中で移動しているお店も見られます。
          映画館も2軒。あと、パチンコ屋が何軒もありますね。店の間口など想像すると今とは違う小さなパチンコ屋だったようです。今は閉めてしまっている店でも「看板だけは見たことあるな」というものもあります。
          瀬戸が「尾張の小江戸」などと呼ばれ、賑やかで最も栄えていた時代だったと思います。2つの商店街がそれぞれ90軒お店があるという中で、2件ほどは「〆切の家」の文字もあります。今だとシャッターの締まった店、なんでしょうか。結構多くなっていますね、最近は……残念ですが。

           

           尾張全体をまとめた本ですので、瀬戸の部分はわずかなようですが面白そうな本です。
          この地図を片手に尾張の各地ををめぐるのも楽しそうです。

           

          | 瀬戸のこと | 13:01 | comments(0) | - |
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          このブログの内容は加藤兆之助商店の発行するメールマガジン「瀬戸だより」のバックナンバー(保存版)になります。 文章は発行当時の内容になっています。日付など内容にはご注意ください。記事の全文あるいは一部を無断で転載・複製は禁止します。 http://web-setomono.com
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