〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
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瀬戸だより720号「分炎柱」という話
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     まずはごめんなさい。毎週土曜日にお届けしている「瀬戸だより」、今回は日曜の配信になってしまいました。Facebookでも書きましたが、理由は「うっかり」です。すいません。

     

     先週、義父の工場の片付けを手伝いに行ったのですが、その際に古い窯(たぶん登り窯)から出てきたという「分炎柱(ぶんえんちゅう)」をいただきました。かつてはすり鉢を専門にする窯元でしたので、いろいろ古いものが出て来るので興味深いのです。

     

     「ぶんえん」と言えば、この4月から煙草の「分煙」が厳しくなりましたが、今回は「分炎」。煙じゃなくて炎。炎を分ける柱。今のガスや電気の窯にはありませんが薪窯には必要な柱でした。

     

     この「瀬戸だより」でも「穴窯」は何かと話には登場していますが、どんな窯かはあまり説明したこともなかったように思います。

     陶器の焼き始めたころは(土器の時代ですね)、作った器の周りで焚火をして焼いていました。まだ窯らしいものはなかった時代です。やがて周りを囲み上も蓋をして、トンネルの様な窯を使い始めます。それを熱がうまく行きわたるよう斜面に作っていったのが穴窯となります。もっと具体的な形を説明するなら「山の斜面に頭を下にした大きなツチノコ(幻のヘビね)を張り付けたような感じです(ネットで検索すれば穴窯の構造の図は出てくると思います。ツチノコってわかると思います)。そのツチノコの口の部分が焚口になります。頭の部分が燃焼室(薪の燃えるところ)、広がった胴体部分が焼成室(製品を焼くところ)、尻尾の部分が排煙道で煙の出口になります。熱が斜面を登りながら窯の中を抜けていくわけです。その薪が燃焼し、炎が焼成室に入っていくところ(ツチノコの首のあたりね)に置かれるのが分炎柱という柱です。大きさは窯の大きさにもよりますが、ペットボトルくらいのものを想像していただければ…まあそんな大きさの棒状の柱です。ここに炎が最初に当たり、左右に分かれて焼成室全体に効率よく熱が回っていくようになります。奈良時代ころに分炎柱は登場したようですが、効率よく高温で焼きあがるようになり陶器の質がぐんと高まりました。

     古い窯の分炎柱は何度も窯を焼くたびに高温と薪の灰を浴びてガラス質の独特な釉が厚く掛かった状態になります。古い薪窯の壁にも同様な灰被りを見ることが出来ますが、まさに製品を焼くだけでなく窯自体も焼かれてきたという証拠で、なかなか美しいものです。

     昭和の40年代ころまでは登り窯は現役でしたので、そのころまでが分炎柱の時代だってと思います。古い窯跡を見る機会があれば、低い位置にある焚口奥の分炎柱をぜひ探してみてください。

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