〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
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瀬戸だより583号「いつからせともの」という話
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     今週は夏休みをいただき、家族で富士の方まで(登ったわけじゃないですが)行ってきました。行っていた4日間はずっと雨……富士山一回も見えず……そんな夏休みでした。

     皆さんはどんなお休みを過ごされたのでしょうか。

     

     

     先週の「瀬戸だより」で旧山繁商店のことを書いてみたんですが、それから気になっていることがひとつ。「せともの」っていつから一般的に陶器のことを言うようになったのか?

     

     調べてみようと思ったんですが「昔から言われている」というような書かれ方でなかなか要領を得ないんです。いろいろあたりながら想像すると江戸時代には当然のように「せともの」だったようで、さらに前の時代、桃山あたりが始まりなのじゃないかと。

     戦国時代、織田信長が瀬戸の陶器生産を保護したあたりが瀬戸の「せともの」が全国に展開していったきっかけになるんでしょう。

     というものの、その頃は瀬戸山離散の時代(瀬戸の陶工たちが瀬戸を離れ、美濃に生産を移していた時代。徳川の時代に入り窯元が瀬戸に呼び戻される)。全国への流通に有利な美濃に移ったという説も有力です。美濃に移っても「瀬戸」のものとして出荷されていたようにも聞きます。とすれば、それ以前にはもう瀬戸の陶器「せともの」がブランド力を持って通用していても不思議ではありません。

     この件、時間があったらもっと調べてみます。

     

     夏休み中、こんなことをいろいろ考えながら過ごしました(雨空を見上げながら)。

     あと、そんなことを調べていると「東日本ではセトモノ 西日本ではカラツモノ と呼ばれていた」という話がよく出てくるのですが、私自身は陶器のことをカラツモノと呼んでいるのに出会ったことがないのですが、西日本の皆さんどうですか?

    | せともの | 10:25 | comments(0) | - |









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