〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
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瀬戸だより626号「陶生病院の壁画・ふたたび」という話
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    もう見られませんね

     

     陶生病院といえば、瀬戸市にある公立の病院です。瀬戸市のほか周辺の市が共同で設置している地域の医療の中心といえる施設です。この病院が今年5月に新しい病棟が完成しました。今まであった施設設備は新しい病棟に移り、古い病棟は取り壊しとなるようです。

     新しい施設になってから(なぜか)行く機会が増えて、その最新の設備に驚くとともに、地域の医療の充実ぶりに頼もしさに感動したりしています(ただ、今は古い病棟や駐車場のルートが複雑で病院の中で道に迷うのもしばしば…)。

     以前からですが、この病院内のあちこちに地元の陶芸家の作品や画家の絵画が通路や待合に展示されていて、待ち時間に楽しむことができました。それらは新しい病棟でも変わらず楽しめるようです。

     

     この「瀬戸だより」でも、建物の取り壊しのたびに話題にしてきたのが「陶壁」です。瀬戸の公共の建物には(最近は少なくなりましたが)地元の陶芸作家による陶壁が設置されていました。その時代を代表する作家によって建物の入り口やホール部分が彩られています。建物が老朽化し、役割を終えた時にその陶壁はどういう運命をたどるのか……。

     旧・市民会館の北川民次原画の壁画は瀬戸蔵横に移設されました。旧・サンパレア瀬戸の加藤唐九郎作の大きな陶壁はそのまま建物とともに閉鎖されています。旧・市役所の入口にあった鈴木青々作の陶壁は一部のみを切り出して保存……瀬戸だよりがスタートして10数年の間でもいろいろな建物の閉鎖がありました。基本的に陶壁はその建物の壁に合わせて制作されるもので、「建物の一部」として建物とともに終わりを迎えるというのが(作家さんも含めて)共通の認識となっているようです。

     というものの、その建物の建てられた時に活躍されていた瀬戸を代表する作家の力作……残念という部分はありますね。

     

     陶生病院の旧病棟の受付ホールにも陶壁はありました。昭和の一時代、瀬戸を代表する作家、加藤舜陶氏と加藤氏作の大きな陶壁が東西に向かい合うようにありました。今はもう古い病棟のこの部分には入れなくなっています(そっとのぞけるていどかな)。もう、片付けられた古い備品で埋め尽くされていました。

     陶壁が建物とともに作られ、その終わりを同じくするのは仕方ないと理解できます。でもそうなるなら、取り壊しの前にきちんとした記録(画像など)は残すべきではないかと。そういうことがされているのかはわかりませんが(たぶん設置の時の工事記録はあるんでしょうけど)、もう一度ゆっくり見ておきたかったという気持ちはあります。(下記は以前の瀬戸だよりで取り上げた陶生病院の壁画)

     

    ■133号 「陶生病院の壁画」という話 (2008/12/20発行)

    http://web-setomono.com/tayori/tayori133.html

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