〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
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瀬戸だより721号「ドベ」という話
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     さあ、家の中で何をして過ごすか?過ごし方を考える週末です。

     

     「ドベ」という言葉があります。名古屋弁としても紹介されることもありますが、西日本では使われることが多いようです。東日本では「ビリ」に当たる言葉です。最下位という意味です。瀬戸の陶器作りの現場では別の意味で使われます。重要な役割をするものです。

     

     器を作る際に土と土をくっつける時、例えばマグカップの取っ手をくっつけるなどの作業の時、接着剤の役割をするのがドベ。やわらかく水に溶かした粘土です。瀬戸の言葉でその様子を伝えるなら「シャビシャビ」の状態、最近の言い方なら「ジェル状」ということでしょうか。

     ドベなしで作業すると乾燥途中でぽろっと外れたり、焼きあがった後でも外れやすかったりします。使い方は接着面にキズをつけ、そこに糊を使うのと同じように筆でペタペタと塗ってくっ着ける。ちょっとした手間ですが、大切な作業です。

     

     「ヌタ」と呼んだり「ノタ」と言ったりもします(自分の中ではヌタです)。呼び方がいろいろあるのはものすごく身近なものであり、それぞれの陶房、作業場の中だけで使われてきたという背景もあるからと思います。陶房の中だけなら「アレ」で通じてしまうし、「名前なんてあったっけ」になってしまうかもしれません。

     

     陶芸をされている皆さん、陶芸教室に通っている皆さん、何て読んでいますか?陶芸に限らず、身近過ぎてそれぞれの家庭独自の呼び方があるものって他にも何かあるかもしれませんね。うちだけの呼び方のあるもの、そんなものを探すっていうのも、週末の家の中でのちょっと楽しい過ごし方かもしれません。

    | 作る | 14:51 | comments(0) | - |
    瀬戸だより720号「分炎柱」という話
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       まずはごめんなさい。毎週土曜日にお届けしている「瀬戸だより」、今回は日曜の配信になってしまいました。Facebookでも書きましたが、理由は「うっかり」です。すいません。

       

       先週、義父の工場の片付けを手伝いに行ったのですが、その際に古い窯(たぶん登り窯)から出てきたという「分炎柱(ぶんえんちゅう)」をいただきました。かつてはすり鉢を専門にする窯元でしたので、いろいろ古いものが出て来るので興味深いのです。

       

       「ぶんえん」と言えば、この4月から煙草の「分煙」が厳しくなりましたが、今回は「分炎」。煙じゃなくて炎。炎を分ける柱。今のガスや電気の窯にはありませんが薪窯には必要な柱でした。

       

       この「瀬戸だより」でも「穴窯」は何かと話には登場していますが、どんな窯かはあまり説明したこともなかったように思います。

       陶器の焼き始めたころは(土器の時代ですね)、作った器の周りで焚火をして焼いていました。まだ窯らしいものはなかった時代です。やがて周りを囲み上も蓋をして、トンネルの様な窯を使い始めます。それを熱がうまく行きわたるよう斜面に作っていったのが穴窯となります。もっと具体的な形を説明するなら「山の斜面に頭を下にした大きなツチノコ(幻のヘビね)を張り付けたような感じです(ネットで検索すれば穴窯の構造の図は出てくると思います。ツチノコってわかると思います)。そのツチノコの口の部分が焚口になります。頭の部分が燃焼室(薪の燃えるところ)、広がった胴体部分が焼成室(製品を焼くところ)、尻尾の部分が排煙道で煙の出口になります。熱が斜面を登りながら窯の中を抜けていくわけです。その薪が燃焼し、炎が焼成室に入っていくところ(ツチノコの首のあたりね)に置かれるのが分炎柱という柱です。大きさは窯の大きさにもよりますが、ペットボトルくらいのものを想像していただければ…まあそんな大きさの棒状の柱です。ここに炎が最初に当たり、左右に分かれて焼成室全体に効率よく熱が回っていくようになります。奈良時代ころに分炎柱は登場したようですが、効率よく高温で焼きあがるようになり陶器の質がぐんと高まりました。

       古い窯の分炎柱は何度も窯を焼くたびに高温と薪の灰を浴びてガラス質の独特な釉が厚く掛かった状態になります。古い薪窯の壁にも同様な灰被りを見ることが出来ますが、まさに製品を焼くだけでなく窯自体も焼かれてきたという証拠で、なかなか美しいものです。

       昭和の40年代ころまでは登り窯は現役でしたので、そのころまでが分炎柱の時代だってと思います。古い窯跡を見る機会があれば、低い位置にある焚口奥の分炎柱をぜひ探してみてください。

      | 歴史 | 14:52 | comments(0) | - |
      瀬戸だより719号「万博から15年」という話
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         瀬戸でもちらほら桜が咲き始めています。周りの山々でも山桜も咲き始めたようです。ツバメの姿も見られるようになりました。いよいよ春です。いい季節です、楽しい季節です、本来なら……(もうそれ以上は言いません)。

         

         今年は2020年。15年前は2005年。つまりはあの2005年から15年。愛・地球博の15周年になるんですね。開幕が3月でしたので、15年前の今ごろは瀬戸の街もお祭り騒ぎになっていました。

         会場は瀬戸会場と長久手会場に分かれていましたが、ゴンドラやバスで移動すれば数分でした。入場パスを買って毎日のように通ったという人も多くいました(我が家もよく通いました)。瀬戸の人(というかこの周辺の人)にはさまざまな思い出が出来たと思います。

         瀬戸会場は公園や里山を体験(散策)出来る場所になっています。瀬戸会場のシンボルだった大きな天水皿のモニュメントは住宅地に隣接する公園に今もそびえています(移築したわけでなく周りが住宅が増えた)。今見てもなかなかの迫力です。

         長久手会場は全体が愛・地球博記念公園(通称モリコロパーク)として整備され、人気だったサツキとメイの家はそのまま残され、今も人気です。さらには22年秋にはジブリパークとして整備・オープンされる予定です。 

         15年前のあの半年の熱狂は今もこの地方にはさまざまな形で物や施設や、人々の中に残されているように感じます。15周年を記念するイベントや展示などの予定されていたようですが、多くは中止延期になってしまっているようです(もうこれ以上は何も言いません…)。

         

         この「瀬戸だより」をスタートさせたのは、万博の翌年の6月でした。おかげさまで、なんだかんだと14年続いています。

        | 雑感 | 14:54 | comments(0) | - |
        瀬戸だより718号「陶祖まつりは中止ほか」という話
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           自粛ムードが続いています。今週は残念なニュースがありました。

           4月18・19日に予定されていた「せと陶祖まつり」の中止が発表されました。陶祖というのは瀬戸の土地に中国から優れた陶器作りの技術を伝えたという藤四郎(加藤景正)。実在の人物か伝説上の人物か不明な点もありますが、市中心にある深川神社内の陶彦社に祀られています。その陶祖を偲ぶお祭りが「陶祖まつり」となります。春(4月)の陶祖まつり、秋(9月)のせともの祭は瀬戸の伝統的な2大イベントになります。

           残念ながら今年の陶祖まつりは中止です。せともの祭ほど盛大じゃないものの廉売市があったり、若手の作家たちの展示即売、協賛のスポーツ大会など様々なイベントが予定されていました(すべてが中止なのか、神事などは行われるのか、不明な点もありますが)。まだ1ヶ月先なのに…という感じもしますが、準備(各種キャンセルの手続きなど)の都合を考えると、まあこのタイミングなんでしょうねぇ。残念。

           

           市内の公共の展示施設なども閉館しているため、今瀬戸に来ても見るものが少ないのが現状です。が、今週は一つ展示を見てきました。「愛知県瀬戸窯業高等学校セラミック陶芸専攻科 十人展」公立陶生病院内ギャラリー天青。公共施設は閉館になってもさすがに病院は休みません。ギャラリー天青は病院内の通路などを利用した展示スペースです。待ち時間など気軽に楽しめます。

           この陶芸専攻科、高校に付属する学校ですが高校卒業以上の方が陶芸の基礎を本格的に学ぶ場になっています(自分もそこのOB)。今年の修了生のうち10名の展示のようです。先に行われた「終了展」は名古屋で行われ、見に行く機会がなかったため、ここで(出展されていない人もいるだろうし、作品も小さいものになるし、点数も少ないのですが)全体ではないにしろ見ることが出来てよかったです。様々な技法や作風の作品、コンパクトな展示でしたが個性が感じられる魅力的な展示でした。自分たちの終了展のころを思い出すと、ここまでの技術も個性もなかったと思います。それでも懐かしい気分になるのは、瀬戸窯業高校専攻科の中に流れ続ける共通する「雰囲気」を感じるからでしょう。伝統、校風といったものですね、きっと。

           展示は5月25日まで。陶生病院に行く機会があれば、ぜひ。

          | 雑感 | 14:56 | comments(0) | - |
          瀬戸だより717号「山茶碗」という話
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             皆さん、お元気ですか?土曜日です。

             瀬戸も、いえ全国的に自粛ムードが続いています。今月中は少なくともこんな感じなんでしょうね。

             

             瀬戸は日本で施釉陶器が初めて作りだされた土地というのはこの「瀬戸だより」でも何度か書いてきました(正確には瀬戸に隣接する猿投山あたりとなります)。陶祖・加藤藤四郎景正が中国から技術を伝えたというのが陶祖伝説。鎌倉時代ころの話です。中国では施釉磁器が作られており、日本の貴族はそれを所有することがステイタスであったわけで、それに近いもの(磁器でないにしろ)が瀬戸で作られ、人気となります。中国の高級品の写しであったわけです。

             ところが中国(宋)との貿易が盛んになると、「本物」が中国から多くもたらされるようになり瀬戸の施釉陶器の需要は減ってきます。その時、瀬戸は再び無釉の陶器も作り始めます。量産・実用を意識した「山茶碗」と呼ばれる茶碗です。

             

             私が初めてアルバイトをしたのは大学に入学する前の春休み、30数年前のちょうど今くらいの時期です。瀬戸では山で宅地や道路など開発工事が入ると古い窯跡が発見されて発掘調査することがしばしばあります。その発掘調査の仕事でした。決められたグリッド(範囲)を地層ごとにまっすぐ縦に掘り進む作業でした。そこで運よくモノが出てくると(全く出てこない場所もよくある)結構興奮したものです。そこで見たものが重なった山茶碗でした。

             シンプルな形です。小ぶりなご飯茶碗といった大きさ、丸味は少なく直線的なスタイル、高台も付けられずまっすぐ平らな底……というのが特徴です。しっかり高温で焼かれているものの、もちろん施釉はなく、大量生産のために作られていたのはよくわかります。無釉だから重ねて窯に大量に入れることも可能です。そもそも「山茶碗」という名前も後の時代になり、山の中の窯跡からやたらいっぱい出てくることからそう呼ばれたとも聞きます。

             素朴です。シンプルです。でも何か見ているとその時代の人々の(一般の)生活の息吹が感じらます。施釉の高級品だけでなく、量産のこうした製品も作っているというのが、とにかくいろいろな製品を幅広く作っていたその後の瀬戸の歴史のルーツを見るようです。

             

             春、この季節になると、私は山の中で出会った山茶碗を思い出すのです。

             

            | 歴史 | 14:57 | comments(0) | - |
            瀬戸だより716号「今週は予定通りには行きませんでした」という話
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               さあ、土曜日です。3月です。今週も「瀬戸だより」を配信、お届けします……ということですが。

               

               今週は瀬戸市内で行われている展示を見てきて紹介しようと思っていたのですが、例の新型コロナウイルスです。今週になり瀬戸市内の公共施設は臨時休館に入り、展示など紹介しようにもできない状態になっています。例年なら1ヶ月に及んだ雛めぐりのイベントも終わり春らしくなり、どこかに出かけたくなる季節的なタイミングなんですが……残念です。

               北海道が多くの感染があるということが報道されていますが、愛知県も結構な感染者数を出している関係上致し方ありません。このトンネルの出口はいつどんな形で終わるのかというのがわからないだけに困りものです。

               おかげさまで自分の周りには感染されたという方はいまだ出ていません。

               

               今週はひな祭りがありました。普段ならわが家でも「おこしもの」を作ってお供えして食べます。おこしものというのは尾張地方で主にあるひな祭りの風習で米粉を練ったものを様々な形の木型に押し込み形を作り、蒸し上げて作るお菓子(いや?、お餅…ではないなあ、まあ食べ物)です。これを家のお雛様にお供えするほか、親せきや友人に届けたりしています。しかし、今年は手でこねたりして作るおこしものは時節柄どんなものかと思い、作るのをやめました。ちょっと残念でした。

               

               学校も休校になり、様々なイベントが中止延期になる中、今週は話題も準備できずこんな配信になったしまいましたが、来週までにしっかりネタを準備いたしますので、今週はこれで失礼いたします。くれぐれも皆様もお気をつけてお過ごしください。

              | 雑感 | 14:59 | comments(0) | - |
              瀬戸だより715号「怖いものは目に見えない」という話
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                 今週は触れずにはいけない話題。新型コロナウイルス。

                 瀬戸市でも様々なイベントが中止になっているようです。

                 突然に政府が対策を打ち出して、週明けから子どもたちは実質春休みに入ります。卒業式はどうなる?入試はどうなる?が問題になってきます。さらに瀬戸市では小学校5校(道泉小、深川小、古瀬戸小、東明小、祖母懐小)、2校の中学校(本山中、祖東中)を統合し小中一貫の「にじの丘学園」が4月からスタートします。その対象になる学校にとっては最後の卒業式になり、合わせて閉校式の式典も行われるようです。そのあたりがどうなっていくのか、とても気になります。

                 コロナウイルスも不安ですが、それから派生する不安というのも困ったものです。少しでも早く、終息し、普段の生活に戻れますように。また、実際に感染された方(このメールマガジンの読者にいらっしゃるかはわかりませんが)の回復も心よりお祈りいたします。

                 

                 本当に怖いもの(逆に本当に大切なもの)は目に見えないことが多いと思います。ウイルスも目に見えずに静かに近くにやってくるのが怖い。

                 陶器の現場でも怖いのはガスの類です。ブタンなどの燃料としてのガス、これは臭いはするものの目には見えません。漏れていて、あるいは窯の中で炎が消えて窯に充満して引火という事故は時々聞きます。窯は耐火煉瓦を積んで作られていますが、外側は金属のフレームで囲まれています。また、蓋はしっかりと固定できるようになっています。実は窯(ガス窯)は上の部分が弱く作られていて、もし窯の中でガス爆発が起きた時、上に爆風が抜け周辺の被害を少なくする工夫がされています。

                 しかし、燃料のガスより怖いのは一酸化炭素です。不完全燃焼で発生する一酸化炭素は臭いもなく、知らずに吸っていて体が動かなくなって気が付くという怖いものです。生死にかかわる危険なものです。還元の焼成などは窯の内部で酸素の供給を減らして行う焼成なので煙突で抜けていくものの不安はあります。これも時々、不幸な事故が起きてしまいます。そのために昔から窯は母屋や仕事場から離した別棟に作られてきました(火災の心配もありましたし)。風通しがいい建物です(屋根だけとか)。

                 一酸化炭素事故の話を聞くと、母屋と窯が離れていなかったとか、窯の近くで仮眠していてということが多いようです。窯もコンパクトになり火のコントロールも簡単になった今の時代、生活する家の中でも設置が出来るようになっています。昔からの窯元はきちんとそこは区別して窯を設置しますが、新しい窯の設置では危なっかしいものも見られるように思います。ちょっと怖いです。

                 窯を設置しようかなという方は設置場所にも十分注意をお願いします。

                | 雑感 | 15:01 | comments(0) | - |
                瀬戸だより714号「聖火リレー」という話
                0

                   新型コロナウイルス関連のニュースが連日報じられています。日本国内全体が(世界が)不安に包まれているという雰囲気です。何かまだよくわからない、と言うのがその不安の理由でしょうか。潜伏期間や陽性か陰性かもちょっとわかりにくい感じがします。罹っても回復される方が多数と言われていますが、罹ること自体の不安より隔離されたり回りに及ぼす影響がより不安にさせるようです。

                   マラソンなど大きなイベントの中止が続いていますが、必要以上にあわてることなく、普段のこの季節に行っているようなインフルエンザ対策をしっかり行って過ごしましょう。

                   一日も早い終息が望まれます。この夏にはオリンピックが開かれます。それに影響が出ないように願います。

                   

                   今週、3月26日にそのオリンピックの聖火リレーがスタートします。福島を出発した聖火は日本全国をリレーされます。愛知県は4月6日・7日の2日間で聖火リレーが行われます。その愛知県内の聖火リレーのスタートが瀬戸市となっています。

                   

                   6日の9時45分、市内中心の深川神社で出発式ののち聖火リレーはスタート、瀬戸市役所までリレーされるとのことです。聖火ランナーとしてプロ棋士の藤井聡太七段が走ると発表され、注目されています。瀬戸のスターですからね。

                   当日は11時ころまでコースに当たる瀬戸街道の聖火コース周辺は交通規制がされますので地元の皆さんは注意が必要なようです。というか、うちの店の前の道も規制の範囲に入ってるじゃないですか!これは当日午前中は仕事より道沿いで見物になりそうですね(もう、しょうがないなあ!)。

                   

                   その頃にはコロナウイルス騒ぎもどうなっているんでしょう。多少でも落ち着いているといいんですが…。

                   今年はオリンピックという大きなイベントがひかえている日本。無事何の心配もなく開催できることを心よりお祈りしております。

                   

                  ■愛知県の聖火リレールート

                  https://run-aichi.jp/outline.html

                  | 瀬戸のイベント | 15:02 | comments(0) | - |
                  瀬戸だより713号「窯起こし」という話
                  0

                     毎週土曜日にこのメールマガジンを配信しているわけですが、週末は仕事も休みだしいつもよりゆっくり起きてのんびりと…という方も多いのではないでしょうか。忙しく働いた週末、どうお過ごしですか?

                     

                      「窯出し」という言葉を最近目にすることが多いようです。窯出しプリンだったり窯出しチーズケーキだったりとスイーツの商品名になっていたりします。焼きたてというのは新鮮出来立てでおいしいイメージになるようです。

                     陶器の世界では「窯出し」と言えば、窯から焼成された製品を取り出す作業になります。今までの仕事の完成を迎える瞬間です。たぶんどんなベテランの作家さん窯元さんでも、多かれ少なかれ緊張する瞬間と思います。結局は窯を開けるまではわからないというのが陶芸の難しさというわけです。

                     

                     窯出しのことを「窯起こし」と言ったりします。瀬戸では普通に「週末に火が入るから、月曜に(窯は)起こせるよ」というような会話がされます。他の産地では窯起こしとか言うのでしょうか?

                     

                     考えてみると「窯起こし」という言い方、実にユニークです。

                     昔は薪を燃料に昼夜を問わず窯を焼き続けて数日、窯は焼成温度に達します。その後冷めて中の製品を取り出せるようになるまでさらに日数がかかります。製品を焼き上げた窯はその間は仕事を終えて眠っているような状態。窯の入口を開けて中の製品を取り出すというのは、まさに眠っていた窯を「起こす」ようなことじゃないのかと。「そろそろ次の仕事、起きなさいよ」と。

                     瀬戸の人は1000年以上、この窯を起こすという緊張と喜びの瞬間を繰り返してきました。今は燃料がガスなどに替わり、窯の規模も小さくなり、焼成の時間も焼成後の窯起こしまでの休憩も短くなりました。というものの、最近廃業とかで眠り続ける窯も増えているのはさみしい限りです。

                     

                    | 雑感 | 15:03 | comments(0) | - |
                    瀬戸だより712号「世界中でろくろは回る」という話
                    0

                       さて、今週は取り留めのないことを書きます。答えもありません。「えーー!そうなんですか!?」という方も、「そんなのどうでもいいじゃん」という方も、「理由知ってるよ」の方もいるかもしれません(理由知ってるよの方はぜひ教えてくださいね)。

                       

                       ろくろです。くるくる回るろくろです。

                       上から見て時計回りに回ります…というのがよく知ってるろくろです。という書き方をするのは「よく知らないろくろ」があるんだな、と鋭い人は感じている……そのとおり。実は欧米のろくろは反時計回りの回転なんです。反対回転、不思議です。

                       「外国では反対回りだよ」というのは学生時代にも聞いたことがあり、ああそんなものなのか、と思っていました。ところが最近、実際にインスタグラムなどのSNSで海外の陶芸作家(アーティストって言った方がいいのかなぁ、この場合)の製作過程の動画を見る機会が増えるにつれ、この「欧米ろくろ反対回り」が気になって気になって…。

                       欧米はほとんどの人が左利きなんだよというわけでもないでしょう。道具の使い方も違ってきます。変な気分です。

                       

                       ろくろと言う道具は最初は紐づくりで粘土を積み上げていくなか、粘土を回した方が便利だなあとか思って下に大きい葉っぱとか敷いて、ずりずり回しながら作業したのが始まりじゃないかと想像します(あ、これ勝手な想像ですよ)。だとすると、右手で葉っぱの端っこを持って手前に引きながら回すのが自然じゃないですか?ほら、中華料理屋の回る丸いテーブルだって右手でスッと回すと自然に時計回りに回るのと同じ。反時計回りに回すようになったきっかけは何なんでしょうね。

                       そもそも、ろくろの回転が違うというのは、日本などのろくろとヨーロッパのろくろと言うのは全く違ったルーツを持っているということなんでしょうか?この謎の回答を持っていらっしゃる方、教えてください。

                       たぶん、自分がそう感じるように欧米の陶芸家が日本のろくろ動画見て、不思議な気分になっているだろうな、ということは間違いなく想像できます。

                       

                       反対回りのろくろはインスタグラムで#potterywheelなどで検索すると出てきますよ。

                      | 作る | 15:04 | comments(0) | - |
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                      このブログの内容は加藤兆之助商店の発行するメールマガジン「瀬戸だより」のバックナンバー(保存版)になります。 文章は発行当時の内容になっています。日付など内容にはご注意ください。記事の全文あるいは一部を無断で転載・複製は禁止します。 http://web-setomono.com
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