〜せとものの話をしませんか〜「瀬戸だより」保存版

瀬戸の陶磁器店・加藤兆之助商店が発行しているメールマガジン「瀬戸だより」の保存版です。瀬戸のこと、焼き物のことなど、毎週土曜日お届けしています。
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瀬戸だより548号「より土」という話
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     今週は瀬戸でも雪がちらつきました。12月も半ば過ぎ、冬が深まってきた感じがします。

     当店の年末の繁忙期もじょじょに落ち着いてきました。

     

     インフルエンザも流行り始めたようです。お気を付けて年末をお過ごしくださいね。

     

     今日は「より土」という土の話。

     

     ざっくりとした土で、焼き縮みも少ないものです。それ自体が製品になることはありません。

     それが焼き上がったものを目にすることは一般にはないのではないでしょうか。窯出しの後は役目を終えます。

     

     瀬戸では「より土」と呼んでいますが、一般的には道具土と呼ばれることが多いのでしょうか。

     窯の周りで道具として使われる土、そんな土です。

     

     具体的には、窯に製品を詰める時、流れやすい釉を使っている場合など釉薬が直接棚板に付かないように製品に下に何カ所か間にはさんで浮かせるように(あるいは円盤状にして敷いたりして)使ったりします。焼き上がったあとは、軽石のようになるので、簡単に外すことが出来るので後始末も簡単です。

     最近は窯の中で積み上げる棚板も柱となるツクも丈夫でゆがみも少ないのですが、昔はそういうゆがみや隙間を補正するのもより土の役目でした。

     

     作家さん、窯元の窯の周りでは当然よく見かけるより土。作家さんの作風などによってはまさにマストアイテムと言っても過言ではありません。

     

     窯の高温の中で製品を支え、窯を守り、そして姿は一般には見せない……本当により土って、縁の下の力持ちという呼び名がぴったりと思いますね。

    | 作る | 20:58 | comments(0) | - |
    瀬戸だより540号「焼き直す」という話
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       今週は夏のように暑い日がありました。とは言うものの、日が沈むとひんやりしてきたりで半袖を着ていてもいいのか、長袖に切り替えるか、着るものに迷う時期ですね。


       カレンダー上ではそろそろ干支の置物や御題茶碗など年末年始の商品のサンプルの完成や注文出荷が始まる時期ですが、こう暑くては気分が出ないところもありますね。こういう年は気温が急に冷え込むと注文が一気に入り始めるパターンもありますので、準備は進めておかなきゃいけません。

       

       このところ、当店にある(ごくごく小さな)電気窯で陶器の焼き直しを何度か行っています。
       焼き直しというのはいったん本焼成した陶器をもう一度焼くという(文字通りの)作業となります。焼き直しが必要になる理由というのはいろいろあるのですが、まあ釉薬の修正というのが多いですね。こうした修正のための焼き直しというのは、一般の方が想像するより頻繁に行われているように思います。手間隙かけて作ってきた器です。その失敗が一窯単位ともなれば、なんとか修正して救い出したいという気持ちは十分にわかります。
       もちろん、再度焼くことによる独特な釉薬の発色などを狙っての積極的な焼き直しもあります。まあその場合は焼き直しじゃなく二度焼きと言った方がいいですね。

       

       実際には一部釉薬が掛けたつもりが掛け残した場所があった、とか窯の温度が(なにかの原因で)上がりきらず釉薬が完全に溶けていなかったなんてものの修正が多いでしょうか。
       窯の焼成の雰囲気(酸化還元)が違って予想通りの発色が出なかったというのも聞きます。この場合は焼き直しで修正できる場合できない場合があるようです。


       掛けた釉薬の層が薄すぎて発色が悪かった…この場合は釉薬をもう一度塗り直す必要が出てきます。焼成を一度終えているため、表面には(薄くても)ガラス質のコーティングがされているわけで、素焼(あるいは生の)素地に釉を掛けるのとは勝手が違います。

       

       今回は溶け切らなかった釉の上に別の釉薬を掛けて焼き直すという作業をしています。もちろん普通に釉薬を掛けてもいったん焼成された釉薬の上では弾いてしまいなかなかうまく掛けにくいものです。以前、作家さんからそんな場合のコツとして、品物を窯にもう一度入れ100度以上まで温め。熱いまま筆で釉薬をペタペタとのせていくとうまくいくと聞いたのを思い出し、今回もそのやり方で釉をかけ直しました。熱いですよ、これは。革の手袋を二重にして作業したのですが、持っている品物から熱さが伝わってきます。釉の水分の蒸発が早いので、確かに塗りやすいと感じました。


       焼き直しの窯は先程1250度まで達しましたので、火を止めました(と言うとかっこいいですが、電気窯なのでスイッチをパチンとオフにしただけです)。
       一体どんな感じに焼きあがって出てくるか、明日の午後まで(窯を開けられるようになる時間)どきどきわくわくです。

      | 作る | 13:28 | comments(0) | - |
      瀬戸だより539号「道具について」という話
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        すり鉢に「目」を刻む道具

         

         毎週のように来ていた台風もやっと一段落したようですね。すっかり季節は秋になったようです。

         

         今週はふとしたことから、瀬戸の本業の仕事を垣間見る事になりました。

         「本業」というのは、江戸時代に磁器の生産技術が瀬戸に伝わり磁器の生産が始まった際、磁器を「新製焼」、従来からあった陶器を「本業焼」と区別したことから「もともとの瀬戸の陶器作り」の仕事という意味です。茶道具、器から生活雑器の類まで幅広く生産されています。

         妻の実家も本業の窯元で主にすり鉢を生産していました。もう30年ほど前には生産をやめたのですが、窯や作業場はほぼそのまま残されています。昔からお世話になっている作家さんがすり鉢の作り方(主に櫛目の入れ方)を知りたいということで、一緒に義父の旧工房を訪ねることになったのです。

         

         この旧工房には何度も行っていますが、こうしてすり鉢作りのことを詳細に聞いたことがなかったのでとても新鮮でした。

         すり鉢に櫛目を入れる道具自体は、銅板を切り、ヤスリで櫛目を削り出し、鉢の内側のアールに合わせて曲げるという、すべて手作りで作り出したものでした。材料の銅板も銅版印刷(呉須などを器にプリントする技法)の銅板の再利用です。

         これに限らず陶器作りの現場ではほぼすべての道具は自らによる「手作り」がほとんどです。ろくろのヘラやシッピキ、トンボなどはそうですし、釉掛けの道具なども作り手それぞれが工夫したものが多いです。

         瀬戸窯業高校専攻科で陶器作りを学んだ時もまず道具を作ることから始まったのを思い出しました。マガリやヘラなど切ったり削ったりしていました。

         道具は手の延長。指先のように自在に使うには、自分の手、クセなどに合わせて作らなければなりません。実際、腕のいい職人さん、作家さんの仕事場を見ると実に道具も美しく作っている事が多いですね。

         瀬戸でも道具を販売するお店はありますが、そこでも細かなオーダーに合わせて道具を調整・製作してくれますし、入手した道具に手を加えて自分に合わせることは普通に行われています。

         腕にいい作り手は腕のいい道具の作り手でもある…これは間違いないようです。

         

         昔ながらのすり鉢の生産は瀬戸ではほぼ行われていないと思います(織部など器としての用途を兼ねたすり鉢はあります)。義父の話を聞きながら、瀬戸「本業」の仕事の魅力を再発見した昨日の午後でした。

        | 作る | 13:57 | comments(0) | - |
        瀬戸だより529号「作り手の言葉」という話
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           8月。蒸し暑いですね。ちょっと前までの、過ごしやすかった夏がウソのようです。そして、雷雨と豪雨。温暖化と言われて久しい地球ですが、夏に関して言えば日本はかなり熱帯化しているようです。そんな気がします。

           

           子どもたちは夏休みの課題に追われています。日誌のようなものから、絵画ポスター、書道に読書感想文。うちの中学生も感想文を書くために読書をスタートしたようです。自分も夏休み(というほどの休みはなさそうですが)に読書でもと、本を買ってきました。写真家の鬼海弘雄「靴底の減りかた」という一冊です。「瀬戸だより」に長くお付き合いいただいている方はわかると思うのですが、私は結構な写真好きで、撮るのも見るのも楽しいわけです。この鬼海弘雄さんも興味をひかれる写真家の一人。その作品も素敵なんですが、また文章もとてもいいんです。

           様々な芸術分野で活躍されている人たちの中には文章でも素晴らしい表現力を持っていらっしゃる方が多いようです。

           

           どの分野においても表現を頭で考え、手を動かし具体的な形にするには一度は冷静に「言葉」に置き換え整理していく過程が必要なのかもしれません。

           

           また、現代ではどの分野の芸術活動においても、自分の作品をプレゼンテーションする、あるいは解説するというシーンも多く見られます。展覧会における作家自身による解説であったり、ギャラリートークであったり文章に限らず、積極的に自己の作品を語らねばならない時代のようです。

           作品自体がすべてを語ってくれる、作家は作品だけで主義主張を伝える、というのは昔の話になってきているようです。

           たぶん、かつてはその部分を私たちのような商いで作り手とお客さんを橋渡ししている者がカバーしてきたのかもしれません。ギャラリーや公募展など、作品発表の機会が増え、作り手が直接一般のお客さんと接する機会が増えた分、作り手・表現者はより言葉の力が必要、というのは最近よく感じます。

           

           陶芸家の文章という点では加藤唐九郎氏が研究書からエッセーまで多くの著作を遺しています。また、北大路魯山人氏も料理に関するものも含め多くの著作があります(amazonのKindleではその何点かが無料でダウンロード、読むことが出来ます。いい時代ですね)。

           探してみると多くの陶芸作家の文章に出会えます。

           夏休み、時間があればこうした陶芸家の文章に触れてみるのもいいかもしれませんね。作品からだけでは見えてこない魅力が伝わってきます。

          | 作る | 00:01 | comments(0) | - |
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          このブログの内容は加藤兆之助商店の発行するメールマガジン「瀬戸だより」のバックナンバー(保存版)になります。 文章は発行当時の内容になっています。日付など内容にはご注意ください。記事の全文あるいは一部を無断で転載・複製は禁止します。 http://web-setomono.com
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